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第四話
「あいつは……もしかしてアーシャを狙ってるんじゃないのか?」
審判について説明があるのでと言われ、渋々もう一台の馬車に乗りかえたロンハは、いらいらとつま先で床を叩き続けていた。
長時間続くと、さすがに聞いている方も苛つきそうな音だが、高齢故の経験からか、一緒にいたグレブ司祭は特に表情も変えずに言った。
「司祭達はそんなことなどしませんぞ、ロンハ殿」
「わからないだろう。司祭だって人間だ。しかも婚姻に規制はないんだぞ」
前世を重んじる神を奉じるからこそ、今生でのささやかで普遍的な幸福を司祭達も禁じられたりはしないのだ。
「出会われてからまだ一日ですぞ?」
「一目惚れかもしれない。アーシャは可愛い方だからな」
グレブ司祭が「のろけですかな?」と呟く声は小さく、ロンハの耳には届かなかった。
「とにかく、司祭というものは前世について悩む者全てに手をさしのべるようにと教えられるのです。おそらくエクレシス殿もそれに則っているだけでは」
「司祭殿は怒りを感じないのか!? 自らの仕事を邪魔されたようなものだろう?」
どうにかして同意を得たかったロンハは、淡々と言葉を並べるグレブに詰め寄った。
ロンハでも商売の交渉中、自分の見立てを横から否定する人間が現れれば気持ちが逆立つ。それぐらいの苛立ちはグレブにもあっただろうと思ったが、
「アーシャ殿は私から審判を受ける事は怖がっておりましたからな。それに出会うべくして会う者はやはり存在するのですよ。それすらも前世からの縁が綾なす不思議と申せましょう。アーシャ殿はおそらく、自らの魂と向き合うためにエクレシス殿と出会われた。それゆえ審判を行うことになったのだと理解しておりますれば」
「腹も立たないということか。商売人とは根本的に考え方が違うんだな」
「商品ではありませんからな。魂のたどる軌跡と縁は」
グレブ司祭は神の印を両手で結び、目を閉じて短い祈りを捧げる。
その内容に、話す事に気をとられてとまっていたロンハの足が、再び床をこつこつと叩きだす。
「王都以外の場所に、枢密院顧問官がいても縁なのかよ……」
エクレシスがその地位を持つからこそ、グレブも二つ返事で従っているのだ。
そうでなければアーシャに審判を受けさせる必要はなかった。アーシャは前世を見るのが恐いのだ。だから彼女に審判をうけさせることなく、済ませようと思ったのに。
「確かに珍しいことですな。祭司王の巡幸に付き添うか、大きな事件がある場合でなければそうそう動かれない方々です。まぁ、故郷へ里帰りされていたのかもしれませんが」
ほっほっと笑うグレブ。
「故郷か……」
その時ロンハの頭の中に浮かんでいたのは、そこからどうにかしてエクレシスをつつく材料を見つけ、アーシャの審判を止めさせられないかということだった。
王都の祭司府に到着すると、馬車に慣れてないこともあってかアーシャは早々に府内の宿泊所で休んでしまった。
エクレシスがいなければ、アーシャにこんな無理をかけることもなかったと苦々しい気持ちで見送ったロンハは、さっそくエクレシスについて情報を求めて歩いた。
まずは部屋を用意してくれた司祭見習いの少年だ。
「枢密院顧問官殿は、まだお若いのにその地位に推挙されるとは、本当にご優秀な方なんですね」
そう褒めれば、少年はにこやかに答えてくれる。
「はい。エクレシス・ケルシュ殿は私ぐらいの年から司祭としての才能を発揮されていらした希有な方で」
「才能というと?」
「前世を遡る術です。本来ならば長い修行の末に獲得するものですので、そのため司祭になるのは非常に時間がかかるのです。けれどエクレシス様は、教えられてほとんどすぐに術を操り、老練な司祭様の力をも一年で飛び越されてしまわれたとか」
「それはまた……神童というやつですかな?」
「そう申し上げても良いかもしれませんね。ただそうして神の業に近い方は、多大な苦難を得た方ゆえに、神が力を与えられると聞きます。なので、ご自身の前世を見られた時は大変苦しい思いをされたのではないかと」
少年は来客への礼節を重んじてかこれ以上しゃべらず、早々に退室してしまった。
エクレシスの優秀伝説を聞かされて終わったロンハは、面白くない気持ちで部屋を出た。そして次に目を付けたのは、祭司府内の女性達だった。
庭の枯葉を掃き清めている数人の中年女性達に近づいたロンハは、アーシャが欲しいと言えばすぐ差し出せるように用意していた菓子の一部を、彼女達に渡した。
「神を奉じる場所を清められる、とても素晴らしいお仕事をされている皆様にお会いできて光栄です。ちょうど菓子を持っていましたので、お一ついかがですか?」
菓子と聞いて、彼女達は小さくだが歓声を上げた。
喜ぶ彼女達に、ロンハはなぜ自分が祭司府にいるのかを問われ、諸々のことは隠してエクレシスの力に頼り、親族の女性を見て貰うことになったとだけ話した。
すると彼女達は自らエクレシスについて語ってくれた。
「ああ、エクレシス様帰っていらっしゃったのね」
「これで目の保養ができるわー」
「そういえばエクレシス様ってどこ行ってたのかしら?」
「ほら、あれよあれ。祭司王様が愚痴ってたってやつの関係じゃないの?」
ロンハは「祭司王が愚痴?」と目を丸くする。
「エクレシス殿は、祭司王様と折り合いが悪いのですか?」
女性達は、そう尋ねたロンハを、これから親族が審判を受けるにあたって不安を感じたと思ったらしい。
「大丈夫。あの方は申し分ない以上に能力をお持ちの方ですもの」
「そうそう。だから祭司王様があの方を後継にとおもってらっしゃるほどなんですもの」
「だけど祭司王になるために必要な条件が、あの方は一つ足りていらっしゃらないの。だからどうにかするようにおっしゃって、無理矢理捜索の旅に出すのですわ。けれど、エクレシス様は乗り気じゃないみたいで」
だから祭司王が側近に愚痴った、ということらしい。
「祭司王になるのであれば、さぞかし厳しい条件なのでしょうね」
エクレシスにはどうやらほとんど隙がないようだ。そう思って嘆息混じりに言ったロンハだったが、女性達の答えに驚く。
「いいえ。だって前世で関わりのあった人を連れてくる、というだけの条件なんですもの」
祭司王になれるだけの能力があれば、まず前世で関わりのあった者を探すことは造作ない。
ただそれが偽りのないものであると証明するため、その人を捜し出し、祭司王に承認してもらわなければならないのだ。エクレシスはそのために旅に出されていたらしい。
掃除係の女性達から離れ、ロンハはつぶやく。
「そういうことか……」
一目惚れではなく、エクレシスがアーシャと前世で関わりのある人間だったとしたら。
これまでのエクレシスの行動も納得できる。祭司王になる条件を満たすため、アーシャに思い出させようとしてるのかもしれない。
「
アーシャは怖がっているのに、思い出させようっていうんだから変だと思ったんだ」
しかし「自分」から離れた後のアーシャは、ひどい目に遭っているはずだ。
ロンハは決意した。
明日の朝になったら、アーシャを説得しようと。
彼が祭司王になるため、利用されているのだと言えば、彼女はあきらめてくれるかもしれない。
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