ペンギン家族

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僕の家には二人のパパがいる。 物心ついた時には、これが「普通」の家庭じゃないことを周りの反応から何となく察していた。 でもそれに気づいたからといって僕の中で彼らに対しての気持ちや関係が変わることは何もなかった。 おそらくどちらか一方がお母さんでも、ママが二人いたとしても驚かなかったと思う。 どこかの国で雄のペンギンの番が雛の卵を暖めていたみたいに、生まれてきた雛は当然のように彼らを親と認識するだろう。 これが僕と彼らの「日常」なのだから。 「お弁当は?ハンカチ持った?」 「うん」 シューズを履き、エプロン姿の梓が何度も確認する。ちょうど今起きてきた修司が折角整えた僕の髪をくしゃくしゃと撫でた。 「車に気をつけてな。頑張れよ」 「はーい。行ってきます」 しっかり者の梓とだらしない修司の二人に見送られながら学校へ行く。 「美月くんおはよ〜!」 「おはよー」 隣のクラスの椎名さん。近所に住んでいるので朝の登校でよく会う友達の一人だ。 「今日も美月くんのお父さんたちかっこよかったね〜」 「そう?」 ちょうど玄関から出てくるところを見ていたらしい。椎名さんはうちのお父さんたちのファンだ。毎日見慣れている顔なので僕はあまりピンとこなかった。 「クラスの女子にも大人気だよ〜!あとうちのお母さんも」 「そ、そうなんだ」 この街に引っ越してから、うちの父親二人は何故かアイドル化していた。 「二人のパパ」というのが珍しいし、二人とも父親にしてはだいぶ若いからだと思う。 「美月くんのお父さんたちってどうやって出会ったの?二人の馴れ初め聞きたい〜」 「あ、ほらチャイム鳴ったよ。急ご」 椎名さんが前のめりで質問攻めしてくるので、逃げるように学校へと走った。 そういえば、何で二人は僕のパパになったんだろう。 一度も気にしたことがなかった。 「馴れ初めぇ?」 学校が終わり家に帰ると在宅仕事中の修司と専業主夫の梓が二人揃って素頓狂な声を上げた。 「急にどうしたの?」 梓が心配そうに僕を見るので友達に言われて気になって…とは言えず学校の宿題で…と言葉を濁した。 「あ〜作文のか。俺らもやったなそういうの」 まだ夕方4時頃だと言うのに修司は缶ビールのフタを開けてしみじみと呟いた。 「覚えてる?」 「んー気づいたらこうなってたしな」 僕は二人のことを何も知らない。 でも二人は僕が生まれる前もずっと一緒にいて記憶を共有している。 なんだかずるいと思った。 「あ!」 なにか思いついたように梓がタンスを漁って大量のアルバムを持ってきた。 「これを見たら思い出せるかも」 アルバムの中には僕が誕生日を迎えた写真、三人で出掛けた時の写真、赤ちゃんの時の僕の写真まで飾られていた。 「あ」 次のページを捲って僕は声を上げた。赤ん坊を抱き上げる今よりも若い頃の二人の写真があったからだ。 そしてその隣にいる見知らぬ女性。 そこでやっと気づいた。 僕を生んでくれたお母さんの存在を。 「この人…」 「そうだよ。この人が美月のお母さん」 お父さん二人に、お母さんが一人。 でも今現在、僕の家に「ママ」はいない。 この三人の関係は一体何なのか。 「この人は俺の双子の姉さんの紗月。俺の代わりに美月を生んでくれた人だよ」 僕の隣に座って愛おしそうにその写真を指でなぞるのに梓はどこかさみしそうな顔で笑った。 「この人がいなければ、今俺は美月と会えなかった」 そう言って梓が僕を抱きしめた。 「ま、わかりやすく言うと美月は雄のペンギンに自分の大切な卵をくれた人だ」 修司は缶ビールを飲み干しソファで写真を見ていた僕の隣に座って語りだした。 紗月と梓と修司は幼馴染だった。 紗月は二人のことが大好きだったし、梓と修司の気持ちも勿論知っていた。二人がひっそりと付き合い始め、梓が子どもを授かれないことに悩んでいたことも。 「どうして俺は男に生まれたんだろう…そうすれば修司を苦しませなくて済んだのに…」 修司は大家族の長男で、子どもが大好きだった。欲しいとは絶対口にしないが、やはり家庭を持つことへの憧れは常にあった。一緒に暮らすうちに自分を責めるようになった梓に、紗月はペンギンの話をした。 「子どもが産めなくたって、雄のペンギンがあたためた卵はちゃんと孵化したの」 だから、と双子の弟の目を真っ直ぐ見て言った。 「私が梓の代わりに産むよ」 「俺は反対だ」 二人で住むアパートに帰り代理出産の話をすると、修司は長い溜息をついてこう言った。 心なしか怒っているようだった。 双子の姉に修司の精子を提供して生んでもらう、なんて。 何て身勝手なことを言うのだと。 「俺たちは良いとしても生まれてきた子は良くないだろ」 男同士が親なんて、絶対に世間から中傷される。いじめの対象になってしまうかもしれない。それは子どもだけでなく、大切なパートナーすらも。 「それでもいい」 「あ?」 怒りに任せて修司は梓の胸ぐらを掴んだ。これから殴られるかもしれない恐怖に震えながら梓は唇を開いた。 「俺は何を言われてもいい!エゴだって。身勝手だって。それでも修司との子どもが欲しい。子どものためならいくらだって傷ついてもいいし、全部俺が受け止める。生まれてきた子は、絶対、俺が、幸せに…っ」 最後は涙が溢れて言葉にできなかった。 具体的にどうやって子供を守れるというのか。大切なパートナーを傷つけずに済むのか。 わからないから、こんなに苦しいのに。 「…はぁ〜」 長い付き合いでわかってしまう。 こうなったらもう絶対にこいつは引かないと。頑固で意地っ張りで融通のきかない幼馴染。 それでも彼が好きだから。 背中を押すのが自分の役目と思った。 「本当にそれでいいんだな?」 「後悔しない。俺と、家族になってください」 それから一年後に、美月が生まれた。 「かわいいね」 「どこもかしこも小さいな」 生まれたばかりの小さな赤ん坊を見て、ただただその生命力に圧倒される。 紗月はその様子を見て笑いながらこう言った。。 「抱っこしてみる?」 「えっ」 いいの?と目で確認する。 「今日からこの子のお父さんでしょ。」 紗月の腕から赤ん坊を受け取り初めて「我が子」を抱いた。 その瞬間、何よりも変えがたいかけがえのないものを見つけた気がして。 「美月」 「え?」 「美月って、読んでいい?紗月みたいに美しい月になりますようにって」 「いいの?」 と、紗月が修司を見る。 「言い出したらきかないんでね、うちの旦那は。それに『家族』の名前だし」 正直、紗月は二人が幸せになることだけを願っていた。自分はきっとその輪の中に入ってはいけないんだろうな、と。 だから、我が子に対して芽生えた愛情も押し殺さなきゃならないんだと。 「家族、かぁ」 本当は寂しかった。双子の弟と幼馴染が遠くに行ってしまいそうで。 でもそれは自分が勝手に線を引いていただけなのだ。家族であることに性別など関係ないのに。 「美月、絶対に幸せにするよ」 「…と、まぁこんな感じかな」 アルバムを遡りながら一つ一つ説明していたらあっという間に日が暮れ夜になった。 「あれ」 修司と梓の真ん中で話を聞いていた美月が途中で寝落ちてしまったらしい。 梓の腕に頭が寄りかかって離れない。 「続きは明日ね」 「そうだな」 美月を抱っこして寝室へと運ぶ。 「おとうさん…」 布団を敷いて寝かせるとふいに美月が手を伸ばしたのでその手をぎゅっと握り返した。 そのまま二人で美月をあたためるようにして眠った。 美月はその日夢を見た。 夢の中で美月は固くて暗い部屋の中に閉じ込められていた。寒くて死にそうになりそうな時、何度も自分をあたためて卵から救い出してくれたのは、2匹の雄のペンギンだった。
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