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「まあ、俺の昔話はどうでもいいんだ。やまない雨が欲しいんだ」
「……しかし、いくら春潮師匠といえども、そう簡単にやまない雨は出せません。山吹の枝を出すしかないですね」
「ほう、あんたよく知ってるね」
「どういう意味ですか店長?」
「雨にふられて雨具を借りたいって言ったら、山吹の枝を出されて、``七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき’’って歌にかけて貸せる箕(みの)もないんですって断られる話があって、それを使った道灌って落語があってね」
「へえ」
「春潮師匠の得意な演目の一つだったんだよ。よければ師匠、やまない雨が必要な理由を教えていただけますか」
山田君はそのやまない雨がなんなのか聞きそびれてしまったが、店長の口ぶりではこの店にあるのは確からしい。
「ああ……さっきの道灌もそうだが、俺は雨の出てくる落語が得意だったんだ。笠碁、金明竹、真景累ヶ淵、お初徳兵衛……」
「ええ」
「雨は俺の味方だ。ところがあの俺がリストカット噴血芸をやった講演の日は晴れてたんだ!雨が降っていれば俺が情緒不安亭一門を破門されることもなかっただろうに!」
「いやそういう問題じゃないでしょ。というかまずその一門の名前をどうにかしろよ」
山田君がずっとツッコミたかったことをやっとツッコんだ。
「俺はまた舞台に出たい……そのためには、雨だ!今のように雨が振り続けば俺はまたあの世界に戻れる!」
「なんでだよ」
「実際この雨が続いている間、俺の落語の動画の視聴数が爆上がってるんだ!」
「ホントかなあ」
「嘘じゃねえ!兄ちゃんスマホ持ってるだろ!アクセスしてみろ!エイチティーティーピーエスの」
「まさかのURL直」
「腰痛ベーコンカットの」
「ユーチューブドットコムスラッシュね」
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ……」
「嘘つけお前」
「す、すまねえ落語家の職業病で長い文字は全部寿限無になっちまうんだ」
「嘘つけお前全落語家に謝れ」
「とにかくだな、このまま雨を降らせ続ければ、俺の落語が話題になって、また俺は舞台に戻れるんだ!」
「外出しないから動画見る人が増えてるだけだと思うけどなあ」
「春潮師匠のお気持ちはよくわかりました」
黙って春潮の与太話を聞いていた店長がここでやっと発言した。
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