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しばらくといっても、きっとほんの数分だったと思う。暑苦しい風が教室の窓の隙間から吹き込む。汗ばんだ身体に張り付くような鬱陶しい風だったが、相良の切り揃えられた真っ黒い髪をふわりと搔き上げる。
「あ」
無意識に、開いたままの口から声が溢れる。思ったより大きい声に、辛うじて意識を保っていたクラスメイトの注目を一身に集める。
「小野、どうかしたか」
「あ……いや、なんでもないっす」
声を上げた俺に先生は怪訝な顔のままだったが、何事もなかったように授業は続行する。注目していたクラスメイトの視線もすぐに散らばっていく。
「嘘だろ……」
眠りの呪文が流れる静かな教室、誰にも聞こえないように小さく呟いた。独り言を誤魔化すように机に伏せて、無理やりに目を瞑る。思い出そうとしなくても、先ほどの光景が浮かばれてくる。
風が相良の髪を掻きあげたとき、隠れていた首筋が露わになった。異性の、病的に白い肌とわずかに浮かぶ汗に動悸がしたということもあるのだが、それ以上に、耳の少し後ろあたりに刺青を見つけて驚愕した。黒子などと見間違うはずのない、大小二つの星型の刺青は、和風な見た目にはかなり異質に映っている。
俯きがちな彼女のそれは、普段髪に隠れて表に出ることはない。彼女から一秒も目を離さず凝視していればいつか気付くかもしれない。それほどさりげない刺青は今の今まで誰にもバレずにいたらしい。でなければ、“携帯依存の座敷わらし”が刺青を入れているなんて、すぐにクラス中に知れ渡るに違いない。
比較的真面目な高校生である俺にはよく分からないが、染色やピアスよりもう少し次元が上な気がする。きっと教師からの説教で済む話ではないし、生徒からも白い目で、あるいは羨望の眼差しで見られることくらいは、俺にだって解っている。
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