Back⇄Future

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Back⇄Future

 俺の頬は真っ赤に腫れている。  目の前を走り去った彼女にお見舞いされた賜物だ。今どき珍しい往復ビンタで思いの丈をぶつけると、別れも告げて去って行った。将来設計のためにあれこれしていた結果、彼女の心を置き去りにしてしまったらしい。  不思議と呼び止めることも、追いかけることもしなかった。前しか見ないあいつのことだから、このままだと永遠の別れになるのは目に見えている。  彼女からもらったロザリオを握って、未来を想像した。  大学四年間の間に佳作を受賞して小説家の道を切り開く一方、トレーダーのイロハも学んだ。就職活動に精を出し、都会の一流企業から内定の連絡が来た。同じく都会の企業から内定をもらった別の女の子からは最近急接近されてもいる。  片手で選べる程度の未来だが、どれも捨てがたい。  「己の器を知れ、この凡骨」  俺の明るい前途に嫉妬してか、今度は取り囲む連中まで現れた。四人とも、一様に不機嫌な表情で睨みつけてくる。  やるならやってやる。睨み返した四方、どこを見てもそこに俺がいた。そう、俺がいた。ひとりでは飽き足らず、四人もだ。  「人の顔真似とか趣味悪いぞ」  各々視線で合図すると、代表して真ん前の俺が口を開く。  「十年後から来てやった。お前の十年後の姿だ」  十年後の首相に物申したい。六月二十日はサイコパスの日にしてほしい。  「なんで四人もいるんだよ」と聞くと  「小説家になったお前だ。パンくずで生活をしている」  「トレーダーになったお前だ。先物取引で借金を背負っている」  「安定を求めたお前だ。大企業に入社後、早々に僻地に飛ばされている」  「他の女に手を出したお前だ。慰謝料で首が回らない」  ろくでもない奴しか揃ってないな畜生め。どこに舵を切っても俺の未来はお先真っ暗だ。  ただ、これだけは聞いておきたかった。  「お前らさ、後悔してる?」  そんな地獄街道でも、未来の俺たちは首を横に振った。プライドだけは一人前だ。  「どれを選んでも後悔はしないだろうさ。じゃあな」  結局なにを言いたかったのかわからないまま、四人は去っていく。  でも、見逃しはしなかった。お前らの全員、首にロザリオがかかっていたのを。  だから、来てくれたんだよな。後悔させないために。  「ありがとう」  蹴り出した足は、不思議と軽かった。駅前まで走り抜けて、彼女を呼び止めた俺は、息を切らしながら思いを告げる。  行ってやるさ。片手でおさまる第五の選択肢。まだ誰も知らない、その先の未来を。
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