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とある駅のホームにて、ふたりの男が、肩を並べて立っている。
今しがた、目の前で電車を逃した。
「君、高校生だよね? 大丈夫? そろそろ補導される時間じゃ……」
「先日18歳になりましたので、心配は無用です」
「あ、そう……」
男は学生の横顔を遠慮がちに眺める。
一切の濁りのない瞳、すらりと芯の通った背筋、爪の先にまで満ちた生気。
『眉目秀麗』の文字が人の形を取ったような美しい少年だった。
「じゅ、じゅうはっさいね……」
「何か?」
「いや、わっかいなと思って……」
男はほろ酔いの勢いに任せ、素直な感想を述べた。
決して社交的な方ではないのに、今日はなぜか、この少年と話を続けたくなった。
「オレ今年で28になるんだ。ちょうど10歳差だね」
「へえ」
「いいなあ。君がオレの年になるまで、あと10年もあるのか」
「……それの何が羨ましいんですか?」
少年は男と視線を合わせることなく、淡々と相槌を打つ。
その目は、これからやってくるであろう最終電車が収まるべき空洞だけを見つめている。
「羨ましいなんてものじゃないよ。もう一度18歳に戻れたら……あのときやっておけばよかったって後悔してること、なんでもできる気がするんだ」
男は小さく笑う。
子ども相手に何を――赤らんだ頬と酒のにおいが、彼の羞恥をさらに追い立てた。
少年はそんな男にちらりと一瞥をやり、
「では、また10年後、お会いしましょう」
「……え?」
その声は、ふたりを除いては誰の影もないがらんとしたホームに、まるで風鈴の音のように響いた。
男の脳天にリンと落ちて、消えることのない余韻を残すようだった。
「……どういうこと?」
「あなたはそのとききっと、僕に、今日と同じことを言うでしょう」
「え」
「28歳やそこらで後悔している人は、38だろうと48だろうと、どこか何か、くすぶっていると僕は思います」
「……、」
直球のダメ出しだ、これは――分かっていながら不思議と、男は少年の言葉を心地よく受け止めていた。
寧ろ胸のつかえが解けたような気さえした。
「………はは、君の言うとおりかも。年齢の問題じゃない。オレの問題だ」
「ひとつ付け加えれば、『今日までの』あなたの問題かと」
「そっか……じゃあ、今日から頑張ろうかな。またここで会えたとき、少しは立派になった姿見せたい」
「もし会えたら、一杯おごりますよ」
「え、それオレのセリフじゃない?!」
少年は笑った。
駅員のアナウンスが、最終電車の到来を告げる。
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