山籠り、その果て

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「お久しぶりです、師匠」 「惑いが消えたな。さすが、荒行を乗り越えただけはある」 「はい、決心がつきました」 愛弟子の視線が私を刺した。 「僕、パン屋になります」 「…………へ?」 奴は変わらず真っ直ぐな目で私を見ている。 「山に登る前夜、テレビでパン職人のドキュメンタリーを観たんです。パンという一つのものに何十年も打ち込んで、最高のパンを届けたいという姿勢。あれこそが、僕の目指す姿だと思いました」 「お前、修行は?」 「やりました。滝行、打ち込み、座禅。何をするにも、僕はパンが頭から離れなかったのです」 「……一、修龍の型!」 「セイ!!!ヤー!!!」 師匠の私も惚れ惚れするような美しい構え。 「なんでだ!逆になんでだ!なんでパンの事ばっか考えててそこまで極められるんだよ!」 「師匠との約束だったので」 「ツッコみづらいわ!いいヤツかお前!」 「この修行で、自分を見つめ直して、進むべき道を見定めることができました。師匠には感謝しかありません。では、失礼します!」 過ぎ去る後ろ姿には、一片の迷いもなかった。 『命を賭して、極めんとせよ。』 私自ら綴った手紙の一文目には、そう書いてあった。 私の一番弟子は、立派に巣立ったようです。
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