家が受けつけない住人

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家が受けつけない住人

「……これは緊急事態よ」  長方形のテーブルの一番の上座の位置で、サヤが深刻な顔で言った。 「このままだとハウス内の平和が脅かされる。早くに対策を考えないといけない」  テーブルの回りに座った青年が、中央に置かれた菓子折りに伸ばそうとした手を止めた。 「……まずちょっと落ち着こう、な?」  穏やかな表情で、彼が返事する。 「何のんきなこと言ってるの。リョウスケも無断の大掃除事件のこと忘れたの?」 「三ヶ月も前のことじゃん、それ。まだ根に持ってるの?」  サヤの鋭い視線がそっちを睨む。  しばらくの沈黙。 「……まあ、今回起こったことがことですからね」  なだめるように、ソファに座っていたタツノリがそっと口を開く。その様子はまるで親の一触即発の夫婦喧嘩を見守る息子のようで、少しいじらしい。 「そう。しかも今回は犯人も本人じゃなくてそのツレだし。なお悪い」  そこで、リビングルームのドアが開いた。 「ごめんなさい、遅くなりました」  顔を出したのはサヤたちのハウスメート、マナミだった。 「大丈夫、大丈夫!」  おおらかなままにリョウスケが迎える。 「いやー、でもこのお菓子美味しいね。ワインが欲しくなる味だ。ありがとう!」  そして箱を掴むとそっち方へ差し出した。 「ほら、マナミちゃんも食べなよ」 「いや、お礼は私にじゃなくて……」 「でもマナミさんが叱ってなかったらあいつも置いていかなかったわけだろ?」  代わりにタツノリがソファから起き上がって箱から一つつまむ。 「こういうのもシェアのいいとこの一つですよね、リョウスケさん」  笑顔で包み紙を破いて、お菓子を口に入れる。 「あのね……今回の件もそうだけど、いいとこばかりじゃなくて……って、ちょっと、聞いてるの?」  サヤがテーブルから身を乗り出し、そのままスマホをいじりだしたタツノリに向けて放つ。 「大丈夫ですよ、続けて。あと、これ!」  そう言ってスマホの画面をみんなの方に向ける。映っていたのは、この家の管理会社の公式SNSの投稿だった。 「動画作成コンテストらしいですよ。シェアメート同士で協力してハウスを紹介する動画を作って、送る。一番いいものを作ったハウスは全員家賃一ヶ月免除らしいですよ。これやりません?」 「もう……」  その気楽そうな様子にサヤはすっかり不機嫌になる。  彼女たちが住むこの家は、シェアハウスだ。大家との直接契約ではなく仲介の管理会社の運営によるもので、おかげで入居も簡単で家賃も良心的だ。場所は東京、豊島区。二階建てで、各階に寝室が三つずつ、一階にあるキッチン、トイレ、リビングと風呂場は共同の男女ともに入居OKな物件だ。住人は現在六人。  シェア滞在は、当然だが実家暮らしや学生寮、一人暮らしとは違う。自分中心の生活だけど同居人への気遣いは忘れてはならない、少し中途半端な位置にある滞在方法かもしれない。家族でも同級生でもない他人との距離の取り方は加減が難しいし、気の合う人が一緒に住んでいると毎日が楽しいが、合わないハウスメートがいるとそれは大きなストレスになる。  一人じゃないからこその利点も不便さも、どう捉えて暮らすかは人それぞれだ。少なくともタツノリはこの生活にメリットの方を多く見出してるようだが、他人同士の共同生活の嫌な点は、時にとんでもない形でその姿を見せることがある。
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