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あれ?なんかおかしいぞ?
じわじわと込み上げてくるものを感じて、俺は焦った。
これはやばいぞ、と思ったときには体温の上昇と同時に、両目に膜が張ってきていた。
「ぼくたち」
「わたしたちを」
「生んでくれてありがとう」
「育ててくれてありがとう」
嘘だろう?やめろやめろ。必死に涙腺に言い聞かせても、全く聞き届けてもらえない。
すっかり油断していた。二分の一成人式ってこんなに感動的なものだったのか。一番後ろの席にして本当に良かった。
必死に上を向いても止めきれない涙が、零れ落ちてマスクに吸い込まれそうになった瞬間、君の声が聞こえた。
「もー、涼ちゃん勘弁してよ。そんなに泣いてる父親、ほかにいる?」
あぁそうだな。そんな父親は俺ぐらいだな。でも母親ならここにいるだろう?
君が俺よりも泣いているだろう。
「ばれたか。ふふふ。ねぇ涼ちゃん、今日までありがとう。一人で継を育ててくれて。本当にありがとう」
おいおい、やめてくれよ。ますます俺を泣かす気か。10年なんて楽勝だったぜ。本当に驚くほど、あっという間だったからな。
「そうだよね。10年の間に涼ちゃんは料理もできるようになったし、掃除も洗濯も、継の遠足のお弁当も、何でもできるようになった。すごく成長したね」
え、もしかしてこれは俺の10年の頑張りを祝う会だったのか?
「そうだよ。涼ちゃんと継が一緒に成長した10年だよ。二人ともよく頑張りました」
よせよ。そんな優しい言葉を言うなんて君らしくないよ。ほら、お陰で涙が引っ込んだぞ。
「ふふ、良かった。ねぇ、涼ちゃん。私が最後に送った言葉、もう忘れていいんだよ。涼ちゃんも幸せになっていいんだよ」
やめろよ、ばーか。俺は幸せだよ。
それに、君を忘れられるはずがない。君にそっくりな笑顔を毎日見ているんだからな。
「私は忘れてほしいな。今思っても恥ずかしい。あの誤字は痛恨の極みだわ」
ははは。君がいつまでも気にしているのはわかっていたよ。
読書が好きで、文章を書くことが好きだった君には許せない誤変換だろう。
だけど俺にとっては生涯消せない大切な言葉なんだ。
継の成長を一緒に喜び合いたいとき、君がいないことを思い知る。どうしようもなく寂しくなるときがある。
そのときにこれを見るとほっこりするんだ。きっと君が最後の力を振り絞って、俺を笑わせようとしたんだろうって。
「やっぱり笑ってんじゃん。もう消してよ、お願いだから」
嫌だよ。俺が天国に持って行ったとき、自分で直せばいいだろう。
本当は消しても構わないんだけどね。いつも辛辣な君が最後に残してくれたこの言葉は、ずっと俺の胸の中にあるから。
それは、いつまでも消せないラインの愛しい君の誤変換。
『りょちゃん、ずっとあい死てる』
了
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