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5月の連休は記憶にある限り過去最低レベルの存在感で過ぎていこうとしていた。
一人きりの休日。人出のない観光地を映したテレビの画面をぼーっと見ていた時だった。
スマホの着信に慌てて対応すると、今すぐ病院へ来てほしいと言われる。
緊急手術…同意書にサイン…手続きのため…
そんな言葉が途切れ途切れに聞こえてくるけど、意味が繋がらない。
バクバクする心臓の音に耳をふさがれているみたいだった。
とにかく行くんだ。
スマホと財布と車のキーを引っ掴んで、病院へ向かった。
初めて会う担当の医師の説明も、ほとんど理解できなかった。
何を言われても「なんで?」「どうして?」それしか出てこない。
「会わせてくれ」と何度言っても首を振られる。
「感染したっていいから。病院を訴えたりしないから」
自分でも無茶を言っているとわかっていた。でも止められない。
「ほとんど意識がない状態です。人工呼吸器につなぐ前に帝王切開で赤ちゃんを…」
「そんな。まだ予定日まで1か月あるのに」
「赤ちゃんの体重は2000gないかもしれませんが、この病院にはNICUがある。ただ万が一赤ちゃんが感染していた場合は別の病院へ搬送することになります」
ガンガンする頭を両手で押さえても、やっぱり何ひとつ理解できなかった。
俺が自分で決められることなんてひとつもなくて、とにかく同意書と書いてある書類にサインを求められる。
結局ガランとした病院の廊下にあるベンチに座って、手術が無事に終わるのをただ待つしかなかった。
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