エンジェルグラス

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 天野硝子さんと十年ぶりに出会ったのは全くの偶然だった。  カフェの席についていた彼女の服装はスーツ姿のキャリアウーマン風で十年前に会った時とは雰囲気が違いすぎていた。  しかし、彼女のファンだった僕はかなりの確信をもって話しかけてみた。  最初彼女は僕のことが分からないようだったが、すぐに十年前の出来事を思い出したようだった。  十年前のその日、僕は自殺する前に人生の締めくくりにと大好きなアイドルの握手会に行っていた。  天野さんはいつも応援してくれてありがとうございますと手を握ると不意に僕の顔を覗き込んだ。 「違ってたらごめんね。キミもしかして死のうとか考えてない?」  エンジェルグラス、占いの出来るアイドルということで彼女につけられた愛称だった。  その占いの精度はかなり高いらしく、バラエティ番組でもよく取り上げられていた。  噂では聞いていたが、ずばり言い当てられて衝撃で腰から崩れ落ちそうだった。 「死にたいくらい落ち込んでるときは何もしたくなくなるよね。でも私の握手会を選んでくれてありがとう」  後ろのファンを待たせているので彼女は最後に一言だけ告げてくれた。 「頑張れば、きっと良い自分になれるよ。私が言うんだから間違いないよ」  大好きな彼女の言葉に奮い立たされて、僕は次の日から不登校になっていた学校にも行くようになった。  彼女の良くなるという言葉を胸に秘めると不思議と周りの視線も気にならなくなった。  あれから十年が経ち、心の弱い自分を鼓舞して社会生活を送っている。  当の彼女と言えば、握手会で暴漢に大けがを負わされていた。  彼女は被害者なのに自分に降りかかる災難は視えなかったから占いはインチキだと揶揄され、それがもとで彼女は引退に追い込まれた。  そんな彼女が取り敢えず普通の生活をおくっているように見えて僕は安心した。 「結婚して子供もいるんだね、ほら私が言ったように良くなったでしょう」  彼女は笑って語りかけてくれたが、僕はまだ自分の現在の境遇を何も話してはいなかった。 「あの、天野さんやっぱりあなた視えてるんじゃ、あの事件はわざと」  そう言いかけた僕の口を彼女はそっと指でふさいだ。 「視えすぎて良いことばかりじゃないの、この世界はね」  そう言ってお店を後にしようとする命の恩人に僕は深く感謝の思いを念じた。  今度は彼女の未来が良いものになるようにと……
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