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東弥が連れてきてくれたお菓子屋さんは物語の中から出てきたお菓子の家のような外観をしていた。
クッキー色の外壁にチョコレートのような見た目の三角屋根。ビスケットのようなドアにはキャンディーのようなドアノブがついていて、そしてお店の敷地からお店までの地面には道標のようにしてクッキーの飾りが埋め込まれている。
おとぎばなしのような光景を見た静留は感動で一旦足を止めた。
「きれい…。」
思わず声が漏れる。
「綺麗だね。…そうだ、一緒に写真を撮ろうか。」
「うん!」
提案にしずるが頷けば、東弥は手袋を外しスマホを取り出した。
手を繋いだままくるりと反転しお店やイルミネーションを背景に映す。
「ここを見ていてね。笑って。」
東弥の声につられて笑めばかしゃりとシャッターの音が響いた。
しかしその音とともにある記憶が蘇った静留は、とっさに東弥と繋いでいた手をほどき耳を塞ぐ。
“泣かないで、大丈夫だから。”
脳裏に浮かんだ無理に笑う東弥の姿は、血だらけでひどく苦しそうだった。
一度思い出してしまえば途端に怖くなり、静留はその場に小さく蹲る。
初めて静留が東弥と写真を撮ったあの日の帰り道、東弥が刺され、幸せな日常が一度壊れた。
「…る、静留。」
大好きな声が耳元で囁く。
しかしそのあとに続くかもしれない“大丈夫だよ”の言葉が怖くて静留はさらに強く耳を塞いだ。
あの時の彼は決して大丈夫ではなかったのに無理やり笑って大丈夫だと静留に言い聞かせてくれた。
“ねえ、あの子大丈夫?”
“そっとしておきましょう。”
塞いだ耳の隙間から、自分に向けられた声が聞こえてくる。
クリスマスイブのケーキ屋さんにはたくさんの客が訪れるから、きっと庭に蹲ってしまった静留は邪魔でしかない。
あの時辛かったのは東弥の方なのにこんなふうに怖くなり、さらに周りにまで迷惑をかける自分が嫌になる。
状況をどうにかしようとして立とうと思うのにうまく足に力が入らない。
今にも涙が溢れてしまいそうだ。
それでも泣けば東弥がもっと困ってしまう。
息が苦しい。
__どうしよう…。
ギュッと目を瞑ろうとしたと同時に東弥に強く抱きしめられ、驚いて力が抜けた隙に脇に手を入れられ立ち上がらされた。
「静留、これを見てみて。」
目の前に東弥のスマホが差し出される。
状況がうまくつかめないまま画面に目をやると、先ほどここで撮った写真が映し出されていた。
ふたりとも笑顔で、とても楽しそうだ。
なにより東弥と自分が一つの画面に映し出されていることが嬉しい。
「嫌なこと、起こりそうに見える?」
優しく穏やかな声に尋ねられ、静留は首を横に振った。
こんなに幸せそうな写真なのだから、嫌なことが起こりそうになど見えない。
「そうだね。悪いことなんて起こらない。これからもたくさん写真を撮って幸せを積み重ねていこうね。」
柔らかく微笑まれれば、安心して涙が止まる。
__しあわせを、つみかさねる…。
東弥の言葉を反芻し、静留の心は温かくなった。
「うん。」
「じゃあ、ケーキを取りに行こうか。」
「うん!」
頷けば、再び東弥の手が差し出される。
手を繋ぎながらキャンディーのドアノブをひねりビスケットのドアを開けると、中にはお菓子がたくさん飾られた大きなクリスマスツリーが立っていた。
「これをお店の人に渡してね。」
東弥からクリスマスツリーが描いてある可愛らしいチケットを渡され、静留は店員さんにそれを渡す。
チケットと引き換えに渡されたケーキは、静留の大好きな苺のケーキだった。
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