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(東弥side)
「静留、明日なんだけど。」
「?」
食事の最中に改まった口調で持ち出すと、静留はきょとんと首を傾げた。
そのあどけなさがあまりにも愛らしくて思わず口元が綻ぶ。
東弥は一旦箸を置いてからお風呂上がりでシャンプーの香りがする彼の小さな頭を撫でた。
「…俺の実家に一緒に帰って欲しいんだ。」
「えっ…。」
明日は大晦日でその次の日はお正月。
実は先程母から静留を連れて帰ってきなさいという電話がかかってきたのだ。
しかしそれを聞いた静留は戸惑いの表情をうかべ俯いてしまった。
彼の瞳が心なしか少し潤んでいる気がする。
__それもそうか。
静留の様子を見て、東弥は自分の実家に一緒に来てくれなどと軽はずみに口に出した自分を恥じた。
今から少しだけ過去に戻れるとしたら、絶対に同じ轍は踏まない。
「ごめん、静留と離れたくなくてつい。他人の実家なんて嫌だよね。大丈夫、俺一人で帰るから、ご飯だけ自分で食べられる?」
優しく問い掛ければ、静留が違う、というように首を横に振る。
「あのね、…いやじゃないの…。おかあさん、ぼくがいったら、かなしくなるかなって…。」
「母さんが?」
「…うん。びょういんで、その、…会って、びっくりさせちゃったから…。」
__そうだった。
思い返してみると、母が勘違いをして静留を病室から追い出したと言っていた。
あの強い人だ。かなりの言葉を相当な圧力で投げかけただろう。
そしてまだ東弥はそのことについて静留に訂正をしていない。
その傷を静留の繊細な心の中に残したまま今までを過ごさせてしまったことと、それでも静留が母のことを責めず“驚かせた”、と表現したことに、なんともやるせない思いが込み上げる。
あの一件で静留は前よりずっと大人になった。
それとともに、東弥に傷を隠すこともまた覚えたのかもしれない。
「母さんは静留のこと、前に家に来た女の人みたいに、俺と身体の関係だけを持っている相手だと思ったんだって。
だけど、ちゃんと説明したらお正月に静留と会いたいって言ってた。このリボンは母さんが刺繍をしてくれたものだし、俺たちの関係を祝福してくれてる。
…無理に一緒にきてとは言わない。ただ、もし静留が俺の母の言葉で傷ついているなら、お願い。もうこれ以上傷つかないで。ずっと抱えさせてごめんね。」
静留が顔を上げ口をぽかんと開く。
そのまま大きく目を見開きぱちぱちと2度瞬きをして、指を首元のリボンにそっと重ねた。
驚いた表情が可愛らしい。
「これ、東弥さんのおかあさんがつくってくれたの…?」
「うん、そうだよ。」
「いきたい。」
「えっ…?」
今度は東弥が静留の言葉に驚かされる。
行きたい、とは東弥の実家に一緒に行ってくれるということだろうか?
__いや、そんなはずは…。
「えっとね、リボンのおれい、言いたくて。…ぼく、東弥さんのしるし、すごく、うれしかったから。」
確実に無理を言っているのだろうと東弥は思ったけれど、彼の顔に浮かべられた花開くような笑みを見ていると本心なのだとわかった。
「…東弥、さん…?」
静留が戸惑うような声をあげる。
その声を聞いて初めて、東弥は前から静留の身体を強く抱きしめていたことに気がついた。
それでも仕方がないと思う。
こんなに愛しい存在に出会える確率なんて、きっと重力波を観測できる確率よりも少ない。
流石にそれは言い過ぎだろうと谷津に突っ込まれかねないようなことを、本気で考える程度には、静留を愛している。
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