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中に入るとリビングのテーブルにピザとカップのサラダが並べられていた。 「お寿司もあるわよ。」 母の発言を聞いた東弥は言葉に詰まる。 サラダはひとまずおいておくとして半径20cmはありそうなピザが2枚並んでいる上に寿司まであるなんて、この3人で食べ切れるわけがない。 「…父さんは?」 尋ねると、母は年甲斐もなく拗ねたように唇を尖らせた。 「ああ、ずっとパソコンに向かって計算してるわよ。3ヶ月前にそろそろシュミレーションが実現しそうだとか言い出して、それっきり生活に必要な最低限のことをする以外ずーっとキーボードを離さないの。あんまり構ってくれないものだから芹澤と鮎川に預けて帰ってきたわ。」 __芹澤さん、鮎川さん、お気の毒に…。 芹澤と鮎川は母の秘書で、ともかく常に雑用を押し付けられまくっている。 母の身の回りの雑用だけならまだしも、数学者である父の身の回りの世話まで任せられてしまうなど、考えただけでも恐ろしい。 ちなみに父は研究が面白くなると食事も入浴も、時にはトイレに行くことすら忘れてしまうため、必要最低限生きて行かせるために“あとちょっとなんだ”、と拗ねる父を1日3、4回部屋の外に無理やり連れ出さなくてはならず、世話はかなりの労働だ。 「なるほど…。でも俺たちこんなに食べられないんだけど。」 「いいわよ残ったら全部私が食べるから!お酒もたっぷり用意してるの。付き合ってちょうだい。」 「静留はまだ19だから飲ませないで。」 「私が飲むの!!飲んで独り言言ってるからただ頷いて聞いててちょうだい!!」 そして父が数式に没頭する日々が続くと母が決まって自暴自棄になるのも昔から変わらない。 母の大声を聞いて静留はまたびくんと身体を跳ねさせた。 「静留、あっちでピアノの練習でもする?」 すでにビールのプルタブを開け始めた母と距離を取らせるための提案だったが、ピアノ、と聞いた母が途端静留の方に身を乗り出す。 「なに?静留君ピアノ弾けるの?…毎年西弥…息子がお正月に来るために調律していたから、癖で今年も調律してしまったの。聞かせてくれない?」 勢いに気圧されたのか静留は数秒間沈黙し、それから勇気を振り絞るようにぎゅっと拳を握りながらゆっくりと口を開いた。 「…あの、そのまえに、すこしだけ…。東弥さんのおかあさんと、ふたりでおはなし、したい、です。」 __えっ…? 意外な返答を聞いた東弥はとっさに静留の瞳を覗き込み、心の中で母がその申し出を断るよう強く祈る。 「もちろんよ。東弥、部屋に戻ってて。」 しかし願いは叶うことなくすぐにリビングを追い出されてしまった。 「…母さんに話?兄さんのこと?それとも、…俺のこと…?ああもうっ…!!」 普段独り言などほとんど言わないのに自分の部屋に入った途端自然と言葉が溢れてくる。 数分間心の内を枕に向かって話し続けた東弥は、それでも全くもやもやがおさまらず、仕方なく本棚から教科書を取り出し休み明け提出のレポートの答えを考え始めた。
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