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「しーずーる。」
「わっ!!」
一曲弾き終えもう一度同じ曲を繰り返し弾き始めようとしたところで突然身体をひょいと持ち上げられ、静留は驚きの声を上げた。
「ただいま。」
穏やかな声に振り返れば、東弥が微笑みを浮かべている。
彼の帰宅に気づかなかったのは、彼のことを考えないようにと努めるあまり集中しすぎていたせいかもしれない。
その後何故か“今日はご飯が先で”、と東弥が言ったので、食事を済ませ、東弥がシャワーを浴びた後に静留も浴室に入った。
いつもより丁寧に体を洗い、服を着たことを告げると、脱衣所の中に東弥が入ってくる。
彼は微笑みながら無言で静留を洗面台の前に座らせ、タオルで丁寧に静留の髪の毛を拭った後でドライヤーにスイッチを入れた。
ごうごうという音の中で鏡の中の東弥を見た静留は、彼が静留から少し目をそらしていることに気がつく。
思い返してみれば、食卓まで抱っこで静留を連れて行ったきり東弥は静留にほとんど触れていない。
静留の髪の毛に触れる手はいつも通りこんなにも優しいのに、なぜか彼との距離がいつもより遠い気がするのは気のせいだろうか。
「終わったよ。こっちを向いて。」
彼の方を向くと、丁寧にリボンをかけられる。
リボンを結ぶ手は宝物を扱うように静留に触れた。
それでもやはり彼の瞳に静留は映されていない。
「…東弥さん、むり、してない…?」
「えっ…?」
耐えきれず尋ねた静留を驚いたように東弥が見つめる。
「さっきから僕のこと、…さわったり見るの、しない…。」
「…ごめん…。」
彼が申し訳なさそうに紡ぎ、静留はやっぱり東弥が無理しているのだと思った。
しかし“大丈夫”、と答える前に強い力で抱きしめられ、静留はひどく戸惑う。
「静留がかわいすぎて、あんまり触ったら我慢できなくなりそうだった。ごめん、俺、格好悪いね。」
耳元で囁いた彼の声は申し訳なさと同時に静留が持っているのと同じ熱を帯びていた。
__僕のために、がまんしてくれてたんだ…。
それを知ってしまえば、彼と繋がりたいという思いは余計に加速する。
「かっこわるくない。でも、もう、がまんしなくていい、よね…?」
じっと彼の瞳を見上げると、彼は優しい手つきで静留の髪を撫で、それから無言で頷き、静留の身体を抱き上げた。
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