君が好きなものならば

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〜3年後〜  さらさらとした感触が、頬を優しくくすぐっている。  少しむず痒く感じて瞼を開くと、大きく開かれたオニキスの瞳が視界いっぱいに映し出された。  静留が俺を押し倒すような格好をしており、絹のような滑らかな黒髪が、揺れるたび俺の頬をかすめている。  状況から察するに、ずっと俺の顔を覗き込んで起きるのを待っていたらしい。  幼い子がいたずらを思いついた時のようにきらきらと瞳を輝かせているものだから、その愛らしさに思わず口付ければ、乳白色の頬が淡い桃色に染まった。  薄紅の唇が驚いたようにぱくぱくと開閉を繰り返すのを見ていると、いつもは傷つけないように真綿でくるんでおきたいほど大切に思っているのに、Domの性分のせいか嗜虐心を煽られるから困る。 「……静留?どうしたの?」  芽生えた汚い感情には蓋をして、優しく頭を撫でながら問う。  静留はしばらく考え込むように”なんだっけ?”、と首を傾げていたが、やがてもう一度瞳を輝かせ、俺の方に両手を差し出した。  長くしなやかな、まるで神様の傑作のような指が、何かを隠すように握っている。 「何を持っているの?」  いたずらか何かだろうか。  どんな仕草でもともかく愛しくて、抱きしめそうになるのを、話の腰を折らないために我慢する。  静留の表情は楽しそうな一方で緊張しているようにも見えるから、何か重要な話があるのかもしれない。  白い指が、一本一本ゆっくり開いていく。  中から姿を表したのは、手のひらサイズの猫のぬいぐるみだった。 「あの、ね。東弥さん、おたんじょうび、おめでとう。」  言葉とともに、静留がぬいぐるみのお腹を押す。  すると今までに聞いたことのない、綺麗なピアノ曲が再生された。  一音一音大切に紡がれたしなやかなメロディーは、静留の奏でたものだとすぐわかる。  それに、よく聞くとハッピーバースデーのアレンジになっていた。 「え?これ、俺に??」 「うん。あのね、…実は、猫さんは、おそろいなの。僕のは音はしないけど、キーホルダーで、コンサート用のバッグにつけようとっ……んぅっ……!!」  恥ずかしそうに模様違いの猫のぬいぐるみを見せる姿を見ていて、我慢ができずにまた口付けてしまった。 「ありがとう。すごく嬉しい。大切にする。リュックにつけていつも大切に……ああ、でも、無くすと怖いからもう一つ買って、それをリュックにつけようかな。静留のピアノが入っている子は玄関にいてもらおう。」 「!?もう一匹、なかまの子、買う??」  静留がぱちぱちと大きく瞬きをして喜びを表している。 「うん。今日買いに行こうか。お出かけしよう。」 「!!」  正直自分の誕生日など忘れていたが、静留がその日を覚えてくれていて、世界に一つだけの、それもお揃いのプレゼントをくれたのだ。嬉しくてたまらない。  その後、玄関に一匹では寂しいだろうということで、結局猫のぬいぐるみは新たに2匹家に迎えた。  朝から幸せな誕生日は、神様の贈り物の1日のようだった。 〜後日〜 「あれ?東弥、そのぬいぐるみどうしたの?」  休み明け、谷津がキーホルダーについて尋ねてきた。  何故か彼はこういうところに鋭い。 「ああ、静留が誕生日にくれたんだ。しかもお揃いで。静留がくれた子は音が鳴るように細工されてて汚れたら困るから、もう一匹買った子をリュックにつけてるんだけどね。」 「えっ、おそろいとか、ぬいぐるみのキーホルダーとか、嫌いじゃなかったの?」  疑問に対して正直に答えたのに、今度は怪訝そうな表情でよくわからないことを尋ねられた。 「なんのこと……??可愛いでしょ?静留が好きなものは俺も好きだし、可愛くてお気に入りだよ。」 「……うげー……。」  素直な言葉を返せば、何やら気持ち悪いものを見るような目をされる。  全く、理解できないやつだ。  でも、もし静留からでないのなら、たしかにキーホルダーなんてつけなかったかもしれない。
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