あの頃のままで

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「うわっ、急にきた! わりぃ(はる)()、ちょっとトイレ」 「飲みすぎなんだよお前は」 「そうかも」 そう言ってコンビニへと駆け込んでいく(ゆう)(すけ)を見送ったとき、短い通知音が鳴った。 内ポケットから携帯を取り出して相手を確認する。 ――あ……。 (かおり)からだった。 画面には一言『電話していい?』とあった。 俺と裕介と香、あと今では裕介の奥さんの(あおい)の四人は、いつも一緒だった。 そして俺は香のことが好きだった。 でも当時の俺は不器用で、結局その想いを打ち明けぬまま高校を卒業した。 それから数年後、風の噂で香が結婚したことを聞き、俺は自分の恋を終わらせた。 なのに今日、大学時代の友人の結婚式で新婦側の友人として出席していた香と十年ぶりの再会を果たした。 一目見た瞬間、自分自身でつけた踏ん切りは何処かに消えた。 香は綺麗だった。 けど、だからといって何があるわけでもない。再会を喜び合って連絡先を交換したが、ただそれだけ。 後はいつも通りの日常に戻っていく。 その筈だった。 「もしもし」 香からの返事は無く、数秒の沈黙が流れた。 「なんか……あったか?」 「……ごめんね(おか)()くん。こんな遅く……」 香の声がどこか暗い。けど俺はそれに気付いていないように明るく返す。 「あぁ、いいよいいよ。裕介と呑み直してたからさ」 「あ、そうなんだ」 「うん、そうそう」 「あのね……今日は……楽しかったね」 「ああ、だなぁ。久々な感じもしなかったしな」 「そうそう、私も思った」 な〜、と俺が返したとき、また沈黙が流れた。 「……あのね、陽人」 どくん、と胸が震えた。 「あれ……嘘なの……ホントは最近、夫とうまくいってない……ねえ、はる――」 「香!」 香の言葉を切って俺は声を放った。 「俺達四人ケンカもいっぱいしたよな? でも結局今も仲良いだろ?」 うん、と香が短く返した。 「まあ何が言いたいかって言うと、また十年後くらいに合ったときにさ……今のその悩み、香が笑って話せてたら良いなって……俺はそう思う」 再びの沈黙。だが一拍の間を置いて香が口を開く。 「……うん……そうだね、そうだよね。ごめんねホント……じゃあ……またね」 「おぉ、またな」 そう言って電話を切ると、すっきりした顔の裕介が戻ってきた。 「(おせ)えよ、行くぞ」 「え?」 「四次会だよ!」 「えぇ⁉」 驚く裕介を無視して俺は歩き出した。 人生は選択の連続だろう。 俺のこの選択が正しかったのかは分からない。 でも十年後、俺はこの選択を笑って話していたい。
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