98.祖母(1)

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98.祖母(1)

春になると、海外から花見客が押し寄せることもあり、旅館は賑わっていた。 夕食の配膳も回収し終えて、ようやく一段落付いていた。 厨房横の休憩室。 テレビが付いていた。 『ああ、この人、私達と年変わらないんでしょ…?』 <綺麗よねぇ。> 『やっぱりお金のかかってる人は違うわねえ。どっかの社長の奥さんなんでしょ…?』 <こういう人を勝ち組っていうのねぇ。> 化粧品「はなこ」のコマーシャルに出てきたモデル。 曄子… 「私のこの人に会ったことがあるわ。」 『え…秋山さん…?』 「家に尋ねて来たことがあるのよ。」 <嘘でしょ、 本当…?> 疑わしそうな声がする。 当たり前だった。 そんな芸能人と旅館の仲居が知り合いなんて言っても誰も信じるわけがなかった。 彼女も初めは知らなかった。 あの時… 彼女が訪ねて来なかったら… その時は金持ちの奥様然としていた彼女の言葉を信じたが、お腹の子の事で慌てていたんだと、後から分かった。 娘に言われた通り誰にも居場所を話さなくてよかった。 きっと、彼女は… 世間的にはどう言い訳したところで、娘の方に非があるのはわかっていたが、守ってやれるのは自分達しかいなかった。 だが、そんな祖父母たちの考えを余所に、柚加は小さな赤ん坊の智を連れて家を出ようとしていた。 :-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:- :-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:- 「柚加、一体どうするつもりなの!」 『このままじゃ、を取りあげられてしまうわっ。』 「柚加、このまま貴方一人で育てるなんて無理なのよ。」 『じゃあ、おかあさんは、智が外国にやられたって良いって言うの!」 「それは…。」 :-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:- :-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:- 智は生まれてすぐに、海外に養子に出されることが決まっていた。 だが、具合の悪かった赤ん坊は入院が長引き、櫻木の大旦那様の思惑通りにはいかなくなっていた。 そして… 柚加が赤ん坊を抱いて喜ぶ姿を見て、櫻木の旦那様も思うところがあったのだろう。 すぐに引き二人を離せない様だった。 だから、てっきりあのまま智を柚加に任せるとばかり思っていたのに、半年が過ぎた頃、再びその話は持ち出された。 晴夫氏の意志は固く海外に養子に出す決断を変えなかった。 それは、柚加の戸籍から、智を抹消してしまおうと考えていたからだった。
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