96.面影 1(2)

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96.面影 1(2)

寒さが厳しくなっていたが、柚加の心は温かかった。 最近になって、之啓さんが家に上げてくれるようになっていたからだった。 今も期待を込めてブザーを鳴らした。 ガチャ… 『柚ちゃん。』 「之啓さんっ。」 だが、彼は慌てたようにそのまま寒い廊下に外に出ると後ろ手に扉を閉めた。 『来る時は連絡してくれないと…。』 「ごめんなさい。 でももう着ちゃったしっ。」 『ごめん。悪いんだけど帰ってくれ。』 「え…。」 『客が来てるんだ。』 取りつくしまもなく、柚加の目の前で扉が再び開いて閉まる。 チラリと見えた玄関のたたきに女性の靴が見えた。 まさか… 葉月姉さん…? そんなハズない。 確か入院してるってニュースでいっていたのに… 何より姉は 「サクラギ」 の跡継ぎだった。 決められた男性と結婚しなくてならないのだ。 だから、いくら之啓が彼女を好きだとしても、絶対に結婚なんて出来るわけなかった。 だが… 柚加の心の中には不安が広がっていた。 之啓は彼女を可愛がってはいたが、それは、葉月の妹だからにほかならなかった。 私が姉に似ているから… 柚加はいっそうの事、姉に似ていなければいいのにと思った。 もし、似ていなければ、優しくされても自分自身を見てくれているんだと思えるからだ。 ふと、彼女の脳裏にもう一人の妹の事がよぎる。 彼女は葉月に全く似ていない。 だから、彼女が之啓さんに優しくされる理由は、姉に似ているからじゃないのだ。 その事が、とても羨ましいなんて… プッ、 軽いクラクションの音。 振り返ると、マスメディアで常連となった顔があった。 どうしてここに…? そのまま無視して歩き始める。 相手はゆっくりと速度を落としたまま側を付いて来ていた。 『乗ったら…?』 「…何で…?私は貴方なんか知らないわ。」 『ははっ、キツイなぁ。 俺たちは同志だと思うんだけど…?』 「…。」 『あ…、ほら、早く乗ってよ。 後ろに車が来てるだろ。』 勝手な言い分で急かされる。 だが、このまま黙っていても彼は何食わぬ顔で、迷惑行為を続けるに違いない。 柚加は暫しの逡巡のあと助手席に乗った。 「こんなところで何してるの…?」 『君と一緒だと思うけど…?』 「一緒…?」 『君は之啓くんに会いにきたんだろ…?俺もだよ。』 一体、何をしに…? 『まさかっ…病気で入院中のはずの葉月さんを見かけるとは思わなかったけどね。』 やっぱり… あれは葉月姉さんの靴だったんだ。 柚加は涙が溢れそうになったが、グッと堪えていた。 何も話してはくれないが、二人は今もこっそり付き合てるんだとわかった。 自分の気持ちに望みなんてない。 之啓が何があっても姉と別れないと分かったし、姉も同じだと分かった。 『そんな顔しないで…葉月さんは之啓君とは結婚なんて出来ないんだから。』 「何でそんな事。いくら婚約者だって、今時、姉が頷かない限り無理矢理結婚なんて出来ないわよ。」 『それでも櫻木会長は絶対2人を認めないよ。』 そう思ていたが、二人の決意の強さを知ったらもしかしたら変わるかもしれない。 之啓はとても優秀な男だったからだ。 『どんな事があっても、長谷川之啓は会長に認められない。』 「なんでそんな…。」 彼の事を何も知らないくせに… 『会長が個人的に彼をとても嫌っているからだよ。』 錦織清隆ははそんな意味深な事を口にした。
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