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97.面影 2
何にも知らないで…
父の櫻木晴夫は実力のある人を好む性格だった。
そのために彼を認める可能性がゼロとは言えなかった。
ただ、柚加は今、その事を考えたくなかった。
『君と付き合ってる男を、葉月さんとなんて許すわけない。』
「…?」
『娘を二人とも二股にかけるなんて卑怯な男を認めるわけがない。』
何を言ってるの…?
私と之啓さんは付き合ってるわけじゃあないのに…
『今付き合ってなくても、いずれそうなるだろ。葉月さんはサクラギの跡継ぎだ。代わりはいないんだよ。だが、恋人の代わりなら君がいる。』
「何にも知らないクセにっ。」
『何だい…?』
「あの二人の事…。」
之啓さんの甘い目…
姉さんにだけ向けられるソレを…
『確かに知らないよ…知りたくもないしっ。』
先ほどまでとは打って変わって、激しく言い捨てる。
横で涼しく運転していた人から激しい熱情を感じさせるものだった。
『俺の奥さんになる人だからね…過去に男の一人や二人、当たり前だ。過去はねっ。』
錦織清隆は真剣な表情をしていた。
この人…
「姉さんの事、もしかして、本当に好きなの…?」
だが彼は答えなかった。
それでも、その横顔から本気だと分かった。
本気で二人の邪魔をする気なの…?
『俺たちは利害が一致してるハズだ。』
「だから何よっ。」
『このまま頑張って長谷部くんに、くっ付いていてさえいてくれればいい。』
「…。」
『本当にくっ付いてくれれば、もっといいけどね。』
「何言って…。」
『きれいごとを言ってる様じゃ、好きな相手は手に入らないよっ。』
柚加はまじまじと彼を見た。
やっぱり姉の事が好きなんだと確信する。
手に入れる為に手段を選ばないといった、そんな決心みたいなものが彼から伺えた。
でも、私にそんな事が出来るだろうか…?
之啓も姉も、彼女には大事な人だった。
それでも、諦めきれないでいる想いがあった。
画材店から出て来たその人を、錦織は物陰からじっと見つめていた。
やっぱり…
ソックリだった。
ソックリ…
「うっ…。」
慌てて口を押さえる。
なんだってこんなっ!
彼は、死んだ人が生き返ったかのような、そんな錯覚に陥っていた。
そんなハズがあるわけがないのに…
葉月…
ずっと好きだった。
ずっと…
そして、死んでも尚、俺を放してはくれない。
ふっ…まるでストーカーだな。
秋山智は迎えの車に乗って家路についた。
どういう経緯で松本優佑とそうなったのかは知らない。
だが、この状況を黙って看過できなかった。
彼が辛い思いをすることが分かり切っていたからだった。
松本興産に未来なんかない。
晴夫氏の遺言は既に始まっていた。
この俺の手で…
今のうちに何とかしなくては…
智がエントランスに消えるのを確認すると、ようやくソコカラ離れた。
彼の胸に、不思議な切なさが甦っていた。
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