99.決意 1(1)墓

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99.決意 1(1)墓

正面には『櫻木家』とだけ書かれて、亡くなる前からここに用意されていた。 智は櫻木の父からそれが母の希望だったと聞いていた。 だが、母の本当の願いはおとうさんと一緒に眠りたかったんじゃないのだろうか…? さすがに先妻である伯母に遠慮しての事だろうと理解していた。 隣に建っているのが、智の祖母の墓らしかった。 そこにも、母のお墓と同じように花をたむける。 翔たちのおばあ様と違って、愛人と言った立場だったその人。 血なのかな… そんな考えが智の頭をよぎった。 バカ。 俺は、もう、愛人じゃないだろっ。 そして、この先も愛人にはならないよ。 何があっても… 智は母親の墓石にそんな固い決意を語っていた。 優も一緒に来たがったが、今回は一人っきりでそんな決意表明もしたくて遠慮してもらっていた。 智が自分自身に誓うこと… 「ごめんね。」 将来、ここには眠らない。 清々しい気持ちを持って智は歩き出していた。 櫻木家の菩提寺は都心から少し離れた郊外にあった。 電車でも通える立地が人気となって、申し込みがさっとしている。 翔が参っているこの辺りは、櫻木一族で占められていて、よその人間の墓は皆無と言ってよかった。 櫻木家の所有だった残りの山を、かなり前にお寺に寄贈したらしい。 そこはこちら側と同じように、切り開いて平らに整地されていた。 今では見学会まで行われているようだ。 翔は両親の墓に手を合わせた。 二人は共に同じ墓に弔われていた。 6歳児の時までの記憶しかないまま、母が事故で亡くなったと聞いた時は、悲しくてどうにかなりそうだった。 だが、想像どおり、二人が仲がいいままだった事にホッとする。 母の方は大きな事故が原因で亡くなり、遺体すら見つかっていないそうだ。 だから、遺骨は入っていない。 父の方は自分の所有する車で事故を起こし、信じられない事に車外へと飛び出したそうだ。 だが、全身打撲で絶命していた。 疲れていたんだろうか…? だが、走っている車から飛び出すって…怖くて、想像もできない。 あと数年、生きていてくれたら会えたのに… 日持ちする菊にカスミソウ。 バランスがいいのか悪いのかさっぱり分からないが、母が好きだった花のカスミソウは必ず供えたいと思った。 神妙に手を合わせる。 俺… すっごく好きなれる人に会ったよ。 フラれちゃったんだけど… もし、生きていたら領くんの事、何て話したんだろうか… 記憶喪失になる前も俺には好きな男性がいて、今は領くんに惹かれていた。 俺がときめくのは残念ながら男性みたいだ。 生きていたら、きっとお父さんとお母さんを泣かせる事になったんだろうな… 今度は女性を捜しますっ。 … えぇ…と、 もうちょっとして、傷が癒えたら… 翔は手を合わせ終えると重い腰をあげた。 その一角は敷地のほとんどが櫻木の物だった。 親戚の墓もある。 歩いて行くと外れた処に、少し古そうなお墓があって、その墓と横の新しい綺麗な墓に同じ花が供えられていた。 ピンクのバラに…カスミソウ。 同じ花… カスミソウって、人気なのか…? ふと、顔を上げると、遠くに憂いのある綺麗な横顔が見えた。 つんとした… 「えっ…。」 翔は慌てて走り出した。 まさか、領くんっ! 「はぁ、はぁ…。」 複雑に入り組んだ小道に、まばらに人が歩いていた。 何だ…? 見学会と書かれた垂れ幕。 領くんを見た気がしたけれど…見失ってしまった。 見間違い…? そんなハズない。 だが、広い敷地の何処を捜しても領くんの姿はなかった。 ここはほとんどが親戚の墓だった。 じゃあ、やっぱり見間違えたんだろうか…?
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