6.(1)松本家と策謀 

1/1
前へ
/154ページ
次へ

6.(1)松本家と策謀 

その時、曄子は話し声で目覚めた。 車のドアの音… 声は夫の物ともう一人は…誰…? 何故だか気になってカーテンの隙間から外を見ると、見かけない男が車から身を乗り出して夫と話していた。 話し方から晃一がとても機嫌よく酔っているのが分かった。 ただ、相手はやはり知らない男だった。 夫とそう年が変わらないか、若いか… そんな事を考えながら観察していると、不意にその男が顔を上げる。 華子は慌ててカーテンから慌てて離れていた。 何を、バカな… 何も疚しい事ない自分が、コソコソと隠れる必要はなかったのだ。 だが、一瞬見せた男の鋭い視線。 一体、なんなの… 華子は奇妙な不安を覚えていた。 「じゃあな錦織くん。君の事は決して悪いようにしないよ。」 『頼みにしているよ…。』 「ははっ、任しておけっ、じゃあな。」 気分よく家に入る。 だが、晃一は、玄関で腰かけたまま起き上がれなくなっていた。 彼がこんなに楽しく酔ったのは久しぶりの事だった。 今日一緒に飲んていた錦織 清隆(ニシキオリキヨタカ)とは、そんなに親しかったわけではなかったが、失恋という同じ痛みを受けた者として、少なからず同情心のようなものを持っていた。 錦織は自分と違って、大企業である「サクラギ」を率いる櫻木一族の人間で、子どもの頃から注目を浴びていてエリートだった。 その櫻木本家のご令嬢だった櫻木 葉月(サクラギハヅキ)のいいなずけだった錦織は、葉月に逃げられた後は、海外に行きっぱなしの生活を送っていた。 きっと世間の注目と干渉を避けるためだったんだろう。 彼は葉月が亡くなった時にも、日本に戻ることはなかったが、年をとり年老いた父親の事も気になり始めたそうだ。 そして… 新しい起業。 晃一は年甲斐もなくワクワクしていた。 『珍しいこと。』 見ると妻だった。 「何だ、起きてたのか…。」 晃一の妻の華子は、化粧品のモデルをしている女優だけあって、年相応と言いがたい美貌を保っていた。 だが、富も美しさも何でも手に入れたような彼女も、今ではすっかり母親だった。 そんな彼女に若い頃は辛い思いもさせたと… 年のせいかもしれないが、最近、特に考えることが多くなっていた。 『うるさくて目が覚めましたよ。 送っていただくなんて、お友達…?』 「ふふふっ、まあなァ。 起こしてすまなかったな、もう寝てくれ。」 だが妻は寝室ではなく、リビングに向かった。 華子は美しすぎるせいで、一見冷たい印象を相手に与えるが、存外に情の深い女だった。 夫の浮気を一度も責めなかった。 ただ黙ってじっと耐えていたのを知っていた晃一は、辛い思いをさせた自覚があった。 そんな女だから、智の事は秘密裏にやらなくてはいけない。 長女にも長男にもバレるわけにはいかなかった。 之啓、 結局、俺はこんな男だ。 こんな男だから、柚加は頼って来なかったんだろう。 晃一は深くため息をついていた。
/154ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加