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6.(1)松本家と策謀
その時、曄子は話し声で目覚めた。
車のドアの音…
声は夫の物ともう一人は…誰…?
何故だか気になってカーテンの隙間から外を見ると、見かけない男が車から身を乗り出して夫と話していた。
話し方から晃一がとても機嫌よく酔っているのが分かった。
ただ、相手はやはり知らない男だった。
夫とそう年が変わらないか、若いか…
そんな事を考えながら観察していると、不意にその男が顔を上げる。
華子は慌ててカーテンから慌てて離れていた。
何を、バカな…
何も疚しい事ない自分が、コソコソと隠れる必要はなかったのだ。
だが、一瞬見せた男の鋭い視線。
一体、なんなの…
華子は奇妙な不安を覚えていた。
「じゃあな錦織くん。君の事は決して悪いようにしないよ。」
『頼みにしているよ…。』
「ははっ、任しておけっ、じゃあな。」
気分よく家に入る。
だが、晃一は、玄関で腰かけたまま起き上がれなくなっていた。
彼がこんなに楽しく酔ったのは久しぶりの事だった。
今日一緒に飲んていた錦織 清隆とは、そんなに親しかったわけではなかったが、失恋という同じ痛みを受けた者として、少なからず同情心のようなものを持っていた。
錦織は自分と違って、大企業である「サクラギ」を率いる櫻木一族の人間で、子どもの頃から注目を浴びていてエリートだった。
その櫻木本家のご令嬢だった櫻木 葉月のいいなずけだった錦織は、葉月に逃げられた後は、海外に行きっぱなしの生活を送っていた。
きっと世間の注目と干渉を避けるためだったんだろう。
彼は葉月が亡くなった時にも、日本に戻ることはなかったが、年をとり年老いた父親の事も気になり始めたそうだ。
そして…
新しい起業。
晃一は年甲斐もなくワクワクしていた。
『珍しいこと。』
見ると妻だった。
「何だ、起きてたのか…。」
晃一の妻の華子は、化粧品のモデルをしている女優だけあって、年相応と言いがたい美貌を保っていた。
だが、富も美しさも何でも手に入れたような彼女も、今ではすっかり母親だった。
そんな彼女に若い頃は辛い思いもさせたと…
年のせいかもしれないが、最近、特に考えることが多くなっていた。
『うるさくて目が覚めましたよ。 送っていただくなんて、お友達…?』
「ふふふっ、まあなァ。 起こしてすまなかったな、もう寝てくれ。」
だが妻は寝室ではなく、リビングに向かった。
華子は美しすぎるせいで、一見冷たい印象を相手に与えるが、存外に情の深い女だった。
夫の浮気を一度も責めなかった。
ただ黙ってじっと耐えていたのを知っていた晃一は、辛い思いをさせた自覚があった。
そんな女だから、智の事は秘密裏にやらなくてはいけない。
長女にも長男にもバレるわけにはいかなかった。
之啓、
結局、俺はこんな男だ。
こんな男だから、柚加は頼って来なかったんだろう。
晃一は深くため息をついていた。
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