お嫁様は王子の幸せを願う

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お嫁様は王子の幸せを願う

 辺境伯に見抜かれた自分の思いに、冷静になってきたマーガレットの頬はだんだん朱らんできた。 『ー…妃殿下は、本気で殿下に恋をしているのですね。』   (クリス殿下の顔がまともに見れない。)  閉じた目をあけて、帰路についた馬車の窓から外の景色を見るフリをして頬の朱みを誤魔化しているマーガレットに、王子が声をかけた。 「マーガレット」 「?なんでしょうか。」 「さっきは、何で泣いていたんだい?」  そう聞かれて、薔薇園での光景が一瞬頭をよぎる。  けれども、そんな事で泣いていたなんて王子の気を煩わせてしまうだけだろうと思い至り、なるべく悟られないように、瞼を伏せて答えた。 「体調が、優れなかったのです。」 そう言うと、少し間を置いてから王子は口元の両端を僅かに上げて、その口は笑みを浮かべながらも憂いを秘めた目で「そうなんだね。」と相槌をうった。 (殿下のお元気が、心なしか無いように感じる。 私が泣いてしまった後でヒロインとの事を切り出しにくくなってしまったからかしら?)  その時、辺境伯からかけられた言葉を思い出す。 『それが許される立場に居るのなら、失う前にご自身の心のままに求めてください。』 (……。) 「クリス殿下。」  言葉に背中を押されて、思わず王子を呼んでしまった。 「なに?」   マーガレットの呼びかけに応えるようにじっと見つめてきた王子は、まだ僅かだけ少年のあどけなさが残っているけれど綺麗で、誰もが焦がれる出立。  幼かった王子は、成長して素敵な男性になっていた。  思えば身長も、この2年の間で越された。これからもっと伸びて武術や剣を習っている王子は体格も良くなるだろう。    もう、小さな肩に掛かる重荷で私に縋り付いていた王子は何処にもいない。    (大人になってしまったからこそ彼は、(マーガレット)の気持ちを伝えてしまうと、ヒロインへの愛を語れ無くなったしまうかも…)    これで私が正直に貴方を求めたなら、私を傷付けられない王子はどうする?  恋愛の情ではなくても、王子にとって私が大切な事実は変わらないから。 (気持ちを伝えて、もし小説の王子以上に悩ませてしまったら…。)    辺境伯から借りたままになってしまったハンカチの上に置いた手をこすり、かけてくれた言葉を思い出していた。 『妃殿下、わたしはそんな貴方様が、貴方様自身の幸せを見つけて微笑む姿が見たいのです。』 確かに私が王子を強く求めたら、王子は私を無碍には出来ないから、もしかするかもしれない。  でも本当に愛する人と添い遂げたい時に、小説の王子よりも酷く困らせて、悩ませて苦しませしまう…。そんな様子を見たら私は、きっと伝えた事を後悔する。 (クリス殿下。私は貴方が好きなんです。涙の制御が出来なくなるほどに、愛してることを自覚してしまったのです。 貴方の幸せが一番大事。だから私はー…)  呼びかけられてから、黙り込んだマーガレットを不思議に思いつつも、何も言わずに言葉の続きを待っていたクリスは  1人で納得したように小さくコクリと頷いているマーガレットを愛しげに見つめて目を細める。 「今日は、楽しかったですね。宰相様自慢の庭園、クリス殿下はご覧になられたのでしょう?」 「…あまりゆっくりは見れなかったんだ。変なのがいたり、色々とあってね。」  何かを思い出して苦笑いしている王子の姿に、何処となくこの話題を嫌がってるように感じる。 「〝変なの〟ですか?」  小首を傾げて少し考えると、マーガレットはピンときてしまった。 (そう言えば小説でヒロインに言っていた〝君みたいな変わった子初めてだよ〟っていう恋愛物語りならではのあれだわ。 2人の思い出に私が踏み込んだら、嫌なのかもしれない。)   「そうでしたか…」  マーガレットはチクリと胸に感じた痛みを誤魔化す為に、この時、ただ微笑みを浮かべる事しか出来なかった。
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