プロローグ

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プロローグ

 尾白恭介が2年前の春、下宿先に選んだアパートは、東京都赤京区にあった。  荒川の外側は家賃が安くなる、と聞いていたからである。下町の雰囲気は故郷に似ていたし、物価が安く、住み心地も良かった。  ただ、治安は悪かった。交通事故や火事が多かったし、犯罪件数も都内で最も多い。そのせいで12年間、都内で住みたくない区のナンバー1でありつづけている。  殺人事件も都内で最も多いはずだ。真夏の荒川河川敷において、恭介は誰よりもそのことを実感している。  なぜなら、一週間足らずの間にバイト仲間が大勢殺されたから。たった今、恭介の腕の中で一人の女性が息を引き取ったからだ。出会ったばかりだが、恭介が好意をもっていた女性だった。 「毎日10万円が銀行口座に振り込まれる」という甘い言葉にのったせいで、バイト仲間は皆、虫けらのように命を奪われた。知らないうちに、いつのまにか、デスゲームに巻き込まれていたのだ。  殺し屋の視線が今、恭介に向けられている。生きた心地がしない。周囲には大勢の人間がいるのに、恭介の味方は一人もいない。敵だらけの河川敷で絶体絶命の窮地に陥っているのだ。  恭介は少し前まで、何も知らなかった。荒川の河川敷が毎晩のように血で染まっていることも、赤京区が「殺人特区」と呼ばれていることも、ましてや、自分が命を狙われるなど想像もしていなかった。  どれほど後悔をしても、後悔したりないだろう。  人生がやり直せるなら、どれほど良かったろう。  一体なぜ、こんなことになってしまったのか?
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