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「ごめん。別れて下さい」
向かいに座った彼女はその言葉に合わせてゆっくりと頭を下げた。注文を告げてわずか数分。さっきまでゆったりとした心穏やかな時間がそこにあったはずなのに。
「そうか……」
俺はひとこと発するのがやっとだった。それからとにかく気持ちを落ち着かせたくて、運ばれて来たばかりのお冷に手をつけた。耳を澄ますと店内のBGMがいつの間にか変わっていた。それは全体的にポジティブな曲だったが、聞けば聞くほど俺は余計に感傷的な気分になった。
「すっごい雨……」
不意に彼女が口を開く。俺は店内から外を眺めた。さっきまでシトシトと優しく降っていた雨がいまは激しく窓を叩き、しばらくは外に出ることが困難な状況に思われた。俺は徐に頬杖をついた。
「そういえば出会った頃もこんな雨だったな……」
同じゼミになって一目惚れ。日に日に募る思い。その思いを抑えきれなかった俺はゼミの帰りに彼女を呼び止めた。本当によく降る雨だった。コンクリートに打ち付ける雨はビシャビシャと物凄い音を立てていた。でもその雨音に負けないように俺は声を張り上げて彼女に告白をしたんだ。それがちょうど1年前……だが、俺はなんだかもっと昔の出来事のように感じた。
「遊園地」
彼女がまた呟いた。窓の外ばかり見ていた俺はその一声でようやく彼女の顔を見た。そしてハッとした。彼女の目には今にも溢れんばかりの大粒の涙が溜まっていたのだ。
「動物園……」
彼女は声を震わせながらまた思い出の地を述べた。俺はその様子を見ながら唇を噛み締めた。彼女はまだ続けた。
「ピクニックも、海水浴も……」
だがそこまで言うと、とうとう彼女の目から涙が溢れ出した。その隙に雨音が俺の左耳に噛み付いてくる。初めて愛の告白をしたあの日の光景が自然と横切った。
「全部、全部……」
そのとき彼女は大きく息を吸った。
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