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 夜になって、また本降りになってきた。  窓の外を見下ろすと、庭の小径で星也君が佇んでいた。両手を掬うように広げて、目を閉じている。雨粒は君を避けているようにみえた。  声をかけたら「僕は撥水加工がしてありますから」って笑う。こころを読まれているみたい。  こっちにおいでって誘うから外に出る。私まで透明なドームに守られているみたいで濡れない。なんのことはない、種も仕掛けもないの。ハーブを守るために広げられた透明な屋根があったせい。 「僕の名の星也は、本来なら「星夜」らしいです。或る星の瞬く夜、この庭に捨てられていたって」  あなたは宇宙人のように、空から落ちてきたのかもしれないね。不思議な人。 「僕はこの庭から生まれたような気がして、ここから離れられないんです。家族になってくれた人たちがみんな優しくしてくれて、何か返したくて」  あ、頬に涙の跡。  思わずふれようとしたら、見ないでと言って、君は私を引き寄せて顔を背けた。  シャツからハーブの匂いがした。それは異国の香りのようで、遠い処から来た旅人のようで。  髪をそっと撫でてくれる優しい手の温もり。今ほしいもの。  なぜ連絡くれないの。どうして私を一人にするの。胸が傷んで、思わず君にすがりついてしまった。  雨に打たれたら全部消えていく気がして、君を連れ出す。容赦のない雨のシャワーを浴びて、途端に体がつめたくなる。  いとおしそうに、なつかしいものに対するように、星也君は私を見つめた。そして、私を抱き止めてくれた。  魔法がとけた君の髪から水玉が転げ落ちて、白いシャツが透けて素肌に張り付く。   どのくらいそうしていたのだろう。  ごめんね、つき合わせて。心は遠くにある人に。  早くお風呂に入って温まってと告げられ、君が右の二本の指で私のくちびるを開く。びっくりした途端、口の中にはドロップ。今夜はつめたい涙玉。  素直になれるおまじないね。青い静けさ、セージ、水の花。  離れて見つめることで、きっと見つかるから。 *  窓を伝う雨粒を眺めて、感傷的になってる横顔に見とれた。きれいだよ。  つき合いはじめの頃、そう言ってくれたね。もう幻のように遠い。  どうやら夜中に見事に熱を出して、私はうなされていた。  もともと風邪っぽいところに、雨に打たれて、とどめをさしたみたい。  心配されてる声が聞こえるんだけど、うう、体中が痛い。  おでこにひんやりしたものを乗せられて、うつらうつらと。 *  ロカ、大丈夫か。目覚めたら、目の前に彼がいた。 「驚かせたくてお前の部屋にプレゼント持って行ったら留守で。電話したら男が出て驚いた。熱出して倒れたって聞いて、車飛ばして来たんだ」  おでこにかかる髪を撫でながら、心配そうに私を見つめるあなた。 「ごめんな。一人で行くとは思わなくて」 「逢いたかった」 自分の中から、素直な言葉がぽんと出てきた。  雨が嫌いだったわけじゃない。雨に負けてる気がしたんだ。  いつだって、降り始めるとお前の心は窓の外。やっと手に入れたのに、俺のものじゃなくなる。焦ってこっちを向かせようとすると黙り込んでしまう。  ここに来るまで、ワイパーを最高速にしても拭いきれない雨が次々覆ってきた。だけど、もう乗り越えたいと思って、車走らせた。  俺はもっと知りたい、関わりたい、雨の日に抱きしめたい。 「あのね、私は大事な時ほど、天候悪いの。小学校の入学式は嵐で、修学旅行は台風だったの。誕生日はいつも雨。私といると、そういう目に遭うよ、きっと」 「いいよ。露花の結婚式……、もう雨の覚悟しておくから」 *  月曜日の朝、すっかり熱が下がって起き上がってみると、星也君は学校に行って不在だった。テーブルの上に黄色のセロファンに包まれたふたつのあめ玉がなかよく並んでいる。  日向色キンレンカの花片入りを、光で透かして口に入れる。    これは雨のドロップ。でも、すこし涙雨。
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