【後日談 攻め視点】

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【後日談 攻め視点】

 俺の好きな子は、一途な片想いを六年ほど続けている。  ベータであるその子が恋を実らせるには、オメガになる必要があって。俺はその為の協力者だったのに実際は裏切り者で、オメガ化したその子をすかさず噛んで自分のつがいにしてしまった。  オメガ化した槇にアルファのフェロモンを嗅がせて発情させ、交わりながら噛んだのだ。つがいとしての契約は成された。もう取り消せない。  ――取り消すつもりは、はなっから無いけれど。  槇にすれば絶望的だろう。  本来ならば思い人と結ぶはずだった絆を、承諾もなく結ばれてしまったのだから。 「――先生のことは諦めて。……俺を、好きになって」  だから俺は、罵倒もことによっては暴力も浴びる覚悟でこれを言ったのだけれど。 「もう好き。先生よりも、ずっとだいすき」  返ってきたのは、見とれるくらいにきれいな微笑みと嘘みたいな返事だったのである。 「――へ」  槇、どうしちゃったの……?  槇はそんなさ、……満ち足りて穏やかな笑みを浮かべるようなキャラじゃないじゃん……? ――なんてどうでもいい事を考えながら、自分の耳を激しく疑う。  だってここは本来ののしられて然るべき場面……! 槇の性格からいって『なに勝手してんだ!』って殴られて当然の――! 「……俺も槇がずっとだいすき」  疑いつつも話を合わせれば、また槇はふにゃっと笑う。 「うれしい。俺も一樹が好き。……良かった。俺たち実は両想いだったんだな」  ――両想い  槇のはにかんだ顔を見つめて、その事実がやっと俺の頭にも浸透してきた。  そして俺は改めて槇の姿を見返して、槇が全裸に毛布というとんでもない格好のままでいることに気付いたのだった。  俺は槇をシャワーに行かせた。  そしてパントリーから、槇の服とデイパックをいれた紙袋を取り出す。  『一樹のつがいになる』って言ってくれるまで監禁する気だったから、隠していたんだよね。  デイパックはリビングへ、服は今から洗って乾燥を掛けよう。だから、湯上がりの槇にはひとまず俺の服を着てもらって。  槇が上がって来たのは、キッチンでお茶を淹れている時だった。 「あがったよ。ありがとう……って言いたいんだけどさあ? 俺の服どこなの」  礼を言いつつも声を尖らせている槇。う、うん……その状況じゃあ仕方がないかもしれない。俺の手持ちの服の中で一番小さいからと選んだ、中学時代のジャージはそれでも大きかったらしい。裾をまくりあげているもののウエストのゆるさがなんともならないのか、ずりおちるのを手で押さえている。で、その手も袖が掛かって指先しか見えていない有り様だ。  彼シャツで萌えとか、そんなのを狙う気はなかったからさ。だからジャージなんて色気のないものを用意したのに……十分な威力がありました。かわいい。……ていうか下着も俺の新品を出しといたけど、……当然サイズ合ってないよねあのずってるズボンの中でずり落ちそうになってるんだよね? なにそれかわいいひっぱりたい。  いやいや、落ち着け俺。これは下着ぐらいコンビニに買いに走れば良かったと反省する所だ。 「乾燥かけてる」 「え。洗ったの? 俺何着て帰ればいいの」  帰らなくていいよ。俺の部屋に住もう? 「……まあ二時間もあれば乾くし。ほら、ひとまずお茶にしよう。どら焼きどうぞ」 「おお、ありがと」  槇の好みの濃いめの緑茶と、実は銘菓のどら焼き。槇が好きだから常備しているけど、そこらのスーパーに売っているものではない。  うまうまとどら焼きにかぶりつく槇の隣に俺も腰を降ろした。  そしたらソファが沈んで、槇がころっともたれかかってくる。 「ちょ、近すぎ」 「そお?」  近くに座りたかったんだけどね。俺はもがく槇を押し戻してやった。  そしたら槇は『あんがと』と言いつつ、じわっと頬を染めた。 「――槇、俺のこと好きって……いつから?」  それを見てるとたまらなくなって、槇が食べ終わるのも待てずに問いかけてしまう。 「え……はっきりわかんない……。……一樹はどうなのさ?」 「俺は――槇が先生が好きだからオメガになりたいって言い出した辺りでモヤモヤしたから、多分その前から。自覚したのはもう少し後だけど」  自覚したのは、槇がまずいって文句を言いつつも俺の精液を飲んだ時だ。  今だから言えるけど、実際はアルファの精液を飲むだけじゃオメガになんかなれないんだよ。ちゃんと体内に射精されないと駄目なんだ。  でもまだ小学六年生だったあの時。俺自身は既に精通を迎えて性交渉に関する知識もあったけれど、槇は精通もまだなら、セックス? なんとなく知ってるような知ってないような? みたいな状況だったのだ。  その槇にいきなり『アルファのちんこを尻につっこまれて精液だされたらオメガになれるよ』なんて言える訳もなく――間違いなく俺は変態の謗りを受けただろう――、やむなく『飲んだら』と言い換えたのだ。いくらなんでもちんこから出た物なんか飲まないだろうと。  そしたら、押しの強い槇にセルフプレイを強要された俺……。いやいや無理だろ立たないよって思ったけど、頬を紅潮させてきらきらした目で俺のちんこを見てる槇の顔みてたら間髪入れずに勃起したわ。顔射する勢いだったわ。  で、理性でなんとかコップに受けて。それを指に付けてぺろっと舐めた槇は『まずいまずい』と騒ぎ立てて。俺は『そーだろそんなまずいもの飲めないだろ。だから先生は諦めようね』って言いかけた――ら、さすが槇。精液溜めのコップにジュースを注ぎ、ストローでかき混ぜて一気飲みした。  そしてぷはっと息を付いて、『味わかんなかった!』って笑ったんだよ。  ――どす黒い嫉妬と共に、槇への想いを自覚したのはその時だ。  先生の為なら何でもするんだ。まずいって言ったものでも工夫して、率先して飲んでしまえるんだ。そう思うと堪らなかった。 『なあなあ、これで俺オメガんなった? 先生のお嫁さんになれんの⁉』  あの時の、無邪気な声をまだ覚えてる。 『や……ま、まだかなぁ。なんにも変わった感じしないでしょ? 何回もしなきゃいけないんだよ』  セックスを、ね。飲んだって駄目なんだ。 『えー……』 『諦めたら?』 『……それはやだ。だってオメガだったら結婚してくれるって先生言ったもん……』  槇の答えは頑なだった。  絶対に引かない、梃子でも動かない強情な雰囲気に、俺も心を硬くした。 『――じゃあ、俺のを飲み続ける? そしたらオメガ化出来るよきっと。俺が槇をオメガにしてあげる』  飲ませ続けていずれは槇の身体を暴き、内側に精液を注ぎ込んでやる。そしてオメガ化したら――その場で噛む。先生に槇は渡さない。  ――槇は俺のつがいにする。  その時に、俺はそう心を決めたのだった。 「モヤモヤ?」  不思議そうに見上げてくる槇は、つり気味の猫のような目をしている。笑っていない時はシャープで不機嫌そうにも見えるが、笑うと滅茶苦茶かわいい。つってる目尻が一気に垂れて、雰囲気もふわっと優しくなるんだ。  思い返せば初めて喋った時、槇がそんな風に笑ってくれたから好きになったのかもしれない。 「うん。だって多分、槇を家に連れ込んだ時には好きだった……んだと思うよ? でなきゃ連れ込まないよ」  こちとら年少の頃からアルファとして育てられていますから。何かと褒めそやし利用しようとしてくる雰囲気には敏感だった。それらを避ける立ち回りも、当たり前に身につけていた。  でもそれは、槇には効かなかった。  そもそも効かせる必要もないひととなりだった――っていうのは結果論にすぎない訳で。俺は初めて言葉を交わした時に、槇の笑顔のギャップや勢いのいい言動に惚れたんだと思う。 「へ、へー……」  どら焼きを食べ終えた槇は頬を赤くしたままそっぽを向いていた。 「ねえ。俺にばっかり喋らせてるけど、槇はどうなの? 先生のことが好きだってずっと言ってたよね?」  むしろ俺の気持ちなんか随分と分かり易いじゃないか。  俺が実際に槇を抱くようになったのは中三の冬、進路が確定してからだったんだけど。その後はもう、どんな理由からであれ槇を抱けるのが嬉しくて週に三度なんて当たり前だったし、休暇となれば連日でも。  気持ちを言葉に出せない分だけ、丁寧に丁寧に抱いたと思うんだよね。お陰で槇はどこもかしこも感じ易く育っちゃった訳だけど、偏に俺の愛のたまものですよね。 「……だってそう言わなきゃ俺の事抱いてくれなくなると思って……」 「へ」 「だって! 俺たちセフレみたいなもんだと思ってたんだよ。お前は俺をオメガにするって約束があるから、それがなけりゃ俺を抱いたりしないって思い込んでたから!」 「せ、セフレ……。えー……、そりゃないよ槇~……俺がどんだけ槇のこと大事にして丁寧に抱いてたと思ってるのさー……」  槇と俺のあまりの認識の違いに落胆してしまう。  そりゃ、尻はやだって言う槇に強引に迫ったり結腸嫌がる槇にねじこんだりしたけど、それでも細心の注意を払ってすっごく丁寧に抱いてたと思うんですよ俺。実際槇は、行為の後でもちゃんと自分で歩いて帰れてた訳だしさぁ。  ……あれ? それとも――……? 「ねえ、まさか槇。終わったらすぐに帰ってたのってそれが原因? 泊まってけばって言っても全然泊まらなくなったし。一緒に映画とか遊園地とかも行ってくれなくなったの、そのせい?」  このどら焼きだって、ずっとスタンバイさせてたけど。実際に槇に食べてもらえたのって何ヶ月ぶりだよ。持って帰らせるか、余らせたのを俺が食べるかだったもんなここ最近は。 「…………」  槇はそっぽを向いたまま答えなかったけど、その沈黙と表情が答えを物語っていた。 「へえぇぇええ……じゃあ誤解のないように改めて言うけど。俺は槇が大好きなんだからね? 槇のオメガ化を手伝うふりしてあわよくばつがいにしちゃおうって目論見続けて、やっとつがいに出来た槇にでれっでれのめろめろな、槇が好きすぎて馬鹿になっちゃいそうな奴なんだからね?」  俺が滔々と槇への気持ちを説くと、槇は頬を染め上げながら唇をとがらせた。 「だってお前そんなの……全然言わなかったし態度にも出さなかったじゃん……」 「それはお互い様でしょ。先生の事好きって言ってる槇に言っても仕方がないし。下手に言って警戒されて抱けなくなったら俺のつがいに出来ないし」 「――なあちょっと待って。なんかお前コワい……なんか腹黒くない? え、一樹、そんな奴だっけ……?」  顔をひきつらせながら、槇は傍らのクッションを抱き寄せた。それで身を守ろうとでも言うようにぎゅっと抱きしめはじめたので、ばっと奪い取る。 「何も怖くない。つがいに対するアルファなんてこんなもんです」 「クッション~……」 「そんなもの抱いてないで俺に抱かれてなさい」  床に放られたクッションを拾おうと腰を浮かせた槇を抱きかかえ、膝に横抱きにして囲い込む。 「ほら、槇。わかる? 俺のフェロモン」  オメガ初心者の槇でも感じ取りやすいように、フェロモンを放出してみる。  すん、と息を吸い込んだ槇は、戸惑うように首をかしげた。 「これ、さっきも嗅いだやつ……? ちょっと違う気がする……?」  さっきというのはベッドでのことだろう。 「あれは発情フェロモンだから、普段のこれとはちょっと違うかな。ま、匂いの系統は一緒でしょ? これが俺の匂いだから、覚えてね」  とは言えオメガになった瞬間に俺のつがいになった槇には、他のアルファのフェロモンを嗅ぎ取る機会はもうない。  アルファは何人ものつがいを持てるせいか鼻は利いたままだが、オメガはつがいのアルファのフェロモン以外はわからなくなってしまうのだ。  つがいがさ、自分(アルファ)の匂い以外はわからなくなるってだけでも最高なのに、槇ときたら俺の匂いしか知らない。それってすごい特別感、占有感じゃない? 感動しながら俺も槇のフェロモンを嗅ぐ。ちょっと植物系の、清涼な爽やかさ。甘さはないけど……いや、後からじわっと甘い感じ。 「槇は匂いまでツンデレだね~」  さすがだなあと褒めるつもりでそう言ったのだけど、槇は気に食わなかったらしい。張り手でびたんと俺の胸を叩いてきた。 「誰がツンデレだ!」  いやまあ恋愛面でデレられたことなんてないけど。そういう反応がツンデレじゃんか。そしてこういう所がかわいいんだよなあと笑っていると、槇は俺の胸に当てた張り手を握りこぶしに変えてすがりついてきた。 「どうしたの?」 「一樹からは前こんな匂いしなかったもんな……これがフェロモン……。俺、ホントにオメガになったのか……?」  今まで嗅ぎ取れなかったものを嗅げる不思議さか、槇はすんすんと息を吸い込んでいる。 「うん。オメガになったんだよ。俺もあの時、槇のフェロモンがふわっと香ったのわかった。……長かったけど、良かった」  アルファがベータをオメガ化出来るのは、上位アルファの血脈に言い伝えられている秘伝だ。誰もが出来る事ではないし、みだりに教えていい事でもない。こんなのが世間に知れ渡ったら、財産や地位狙いのベータ共が血相変えて群がってくるからね……。  だから槇にも口止めしなきゃいけないんだけど、今はひとまず。 「ねえ槇。槇はこれで俺のつがいだから、一生槇ひとりで一生大切にするから、だからずっと一緒に居てね?」  槇の拳を引き寄せて開かせ、指を絡めながらお願いする。  槇は照れているのか不信なのか、伏せ目がちでちらちらと俺の様子を伺ってきた。  ここでNOなんて言わせないけどね? でも怖がらせても仕方がないし、にこっと笑ってみせる。これで安心してくれるかな? 「い、いいけど……。ずっと俺ひとりって、信じてるからな。――俺どうせ元ベータだし、他のオメガになんて勝ち目ないし……だから、浮気したら本気って見なして即逃げるからな……!」 「……前向きなんだか後ろ向きなんだかわかんないこと言うね? 安心して。槇ひとすじだから、ね?」  変な心配しなくても、槇以外に目が行く事なんてないのになあ。  再びにこっと微笑むと、それでやっと納得したのか槇は身体の力を抜いた。 「――俺もお前ひとりだから……。先生の事好きだったけど……いつからってはっきり言えないんだけど、今はお前の事しか好きじゃない。だから、ずっと一緒に居てほしい」  照れて恥ずかしさにふるえつつも、はっきりと気持ちを言葉にしてくれる槇。  じんわりと胸に満ちる歓喜に、俺は今度は本気で笑顔になってしまった。だってこんなの嬉しすぎるから。 「うん。ありがと」  槇をぎゅっと抱きしめると、槇もおずおずと俺の背に腕を回して抱きしめてくれる。 「――……でもさ。これってさ、俺とお前が両想いだったからハッピーエンドだけど、……俺がお前のことなんとも思ってなかったらとんだバッドエンドだよな……?」  槇がそんな余計な事を言い出したのはしばらく経ってからだった。 「両想いで良かったよね~、さすが俺たち。結ばれるべくして結ばれたんだな~きっと」  そこはつつき回されたくない事柄である。俺はそれでも槇を噛んだろうけど、その場合の槇の可哀想さは……うん、それでも噛むけど。 「じゃ、つがい同士もっかい相性確認しよっか。ばっちりに決まってるけどね~」  槇を抱いて自室に戻った俺は、案の定槇の腰にひっかかりもしてなかったパンツを、嬉々としてずりおろしたのだった。  その後、俺と槇の両家で話し合いが持たれて。  ベータばかりの高校に行かせていじめや暴行に遭ったら……という俺の大袈裟で切なる訴えが通って、槇は俺の通う私立高校に転校することになった。現在春休みまっただ中なので丁度良かった。  槇の居住に関しても、俺の家でという訴えが通った。槇のお母さんが放任なのは知っていたしお父さんは単身赴任でもう何年も帰ってきていない事も知っていたから、反対されないだろうとは思っていたが。まさかこんなに簡単に息子を手放してくれるとはね。まあ、一ヶ月に一度は顔を見せなさいって槇は命じられてたけど。  そんな感じで俺と槇は、つがいとしての新たな生活をスタートさせたのだった。 (おわり) 松木槇(まつき まき)  あだ名はまっきまき。槇の由来は多分庭に生えてたからとかそんな適当さ。要するにそんな親でそんな家庭に生まれた。横暴でツンデレな姉(桜とか楓系の名前)がいる。  実はとても友達が多くて、突然の転校に驚いた友人達からのラインが鳴り止まない。怒った一樹にスマホを没収されるのかもしれん。転校先では葦の如く逞しく(いじめられても)めげずに生き延びる。 藤代一樹(ふじしろ かずき)  後の展開を何も考えずに手癖で書くとこうなるって感じの攻めになりました。  槇をオメガ化させた事は実親にはばれている。槇の親には「晩熟なオメガだったみたいですね」と説明している。
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