【平凡なベータの俺がアルファに抱かれてオメガ化した話】

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【平凡なベータの俺がアルファに抱かれてオメガ化した話】

 小学校五年生の時、担任の先生の事がとにかく好きだった。  俺がその頃知っていた誰よりも背が高くて、TVやネットで見知った誰よりもカッコ良くて。先生の事を好きだって言ってる女子を横目に眺めながら、きっと俺自身が一番先生に夢中だった。  先生は五年六年と担任を受け持ってくれて……六年生の終わりがけに、俺は先生に告白した。 『先生と結婚したい!』  俺が気持ちを振り絞った精一杯の告白は、今思えばとてもつたないもので。つたないどころが冗談にしか聞こえない代物で。  だから先生はきっと、俺が本気だなんて思わなかったんだろう。 『いいですよ。槇くんがオメガだったら、先生のつがいになってくださいね』  先生はにこっと笑って、そんな事を言った。    そんなのは良くある話だ。  子どもの好意を無碍に出来なくて、その場限りの肯定や約束をする。子どもはしばらく本気にするが、成長に従って忘れていく。もちろん答えた大人だってそれを見込んでの約束――いわば『反故を前提とした約束』なので何の問題もない。  当然俺も、この時点では本気にした。  本気にして、大いに悩んだ。  ――オメガには、どうやってなればいいんだろう……!  その答えを俺にくれたのは、同学年の友達だった。  友達と言っても実際は学校もなにもかもが別々で、接点はほぼない。駅前の塾に通う時に高級そうなタワマンの前を通るんだけど、俺がそこを通る時にそいつはそこへ入るんだ。同い年くらいなのでなんとなく見覚えてすれ違い……ってのを繰り返すうちに、最終的に俺たちは友達になっていた。  奴の名前は一樹。  俺をタワマンの内側に迎え入れた一樹は、色んなゲームの最新作をやらせてくれた。家は広くてつるつるきらきらした家具が並んでいたけれど、がらんと音が響いて温度がない部屋だった。いつも一樹以外に誰もいなかった。  俺は請われるままに、塾帰りに一樹の部屋に寄ってご飯をご馳走になるようになった。俺が塾の日は母は夜勤な事が多くて晩ご飯はコンビニで済ませていたから、俺にとっても都合が良かった。コンビニの弁当やサンドイッチより、一樹ン家の家政婦さんが作り置きした夕飯の方が断然美味しかったからだ。  タワマン、家政婦さん、部屋にあふれる高価なゲーム――それらから推察されるとおり、一樹はアルファの子どもだった。  平凡なベータ家庭に生まれたベータの俺は、迷わず一樹に相談した。 『どうやったらオメガになれるのか知ってる?』  その答えは――……。  結合部から粘ついた音がする。ぐちゅ、ぐぷって鳴るそれは普段聞いたらとんでもなく汚い音なんだろうけど、こういう時は逆に煽ってくる。大股開きの恥ずかしい体勢で一樹を迎え入れて、何度も中で出された挙げ句の音。恥ずかしいのに、その恥ずかしさが気を昂ぶらせるんだ。 『アルファの精液を飲んだら、オメガになれるんだよ』  あの時一樹はそう答えた。  馬鹿な俺は疑いもなくそれを信じて、早四年。  最初は口で飲むのが精一杯だったのに、今じゃ尻へと注がれるようになっている。  つまり、俺と一樹はセックスをしている。  友達だった俺たちの関係は、セフレへと変化を遂げていた。  この世界には男女の他に三種類の性別があって、それをアルファ、ベータ、オメガという。これは大体遺伝によって決まるので、アルファとアルファ、アルファとオメガの子どもは大体がアルファかオメガだ。そしてベータの子はベータ。  それでも過去を遡ればひょっこりとアルファやオメガの血がまぎれているもので、平凡なベータ家庭にアルファやオメガの子が生まれることがある。一応第二性の性別検査は出生時と思春期に実施されるが、それ以降も希望者は受診可能だ。  で俺は、出生時検査も思春期検査も『ベータ』診断を受けていた。一樹はもちろんどちらの結果も『アルファ』だ。  そのアルファな一樹の精液を、週に二回か三回、夏休みなどは呼ばれるままに受け入れている俺――けれど、今もベータのままだと思われる。  だって何の変化もないからな。  オメガみたいにかわいくて華奢な容姿や身体付きに変わるわけでも、突然の発情に見舞われる訳でもなく。単なる平凡な顔立ちの、偏差値のぱっとしない公立高校に通うベータ男子のままだ。  対する一樹は、やっぱりスペシャルなアルファを親に持つとスペシャルな子に育つ訳で――昔からきれいな顔をしていたけれど、今じゃそのキレイさに男らしさが加わって、イケメンでもてもてのアルファ様に成長していた。もちろん頭脳も優秀で、通っているのは私立の超絶高偏差値校だ。  そこの制服がまたカッコ良くてさあ、一樹が着こなしているのを見るとそれだけでもう、俺は胸がきゅうう~ってなる訳よ。カッコ良さに憧れてしびれて甘切ないわ。  ――そう。俺は先生を忘れた。  反故を前提とした約束はやっぱり俺自身によって破られ、俺は今や一樹に恋をしていた。  ――だけどさ、そんなの言えるはずないじゃん。  一樹はきらきらしたアルファ様で、俺はぱっとしない平凡ベータ。こうやって抱いてくれてるのも、『俺が槇をオメガにしてあげるね』っていう約束があるからなのだ。  もちろん俺自身は、今じゃもう〝アルファの精液を飲めばオメガになれる〟なんて信じてないが――一樹は頭のいい奴だけど純粋な所があるから、何かの学術書で見かけたっていうその記述を信じ続けているのかもしれない。  それとも約束した手前、引けずにいるのかも。  だって結構ひんぱんに、 「まだ先生の事が好き?」  って訊いてくるから。  俺はそれにいつも、『好き』って答えていた。  多分『もう忘れた』って言ったが最後、一樹は俺を抱いてくれなくなるんだろう。訊く回数の多さは、俺を持て余しているからなのかな……。  ――しがみついてごめん。  罪悪感を覚えつつも、一樹は性欲の強いアルファなのだから俺は性処理係として役に立っているはず……と自分を正当化していた。  高一から高二にまたがる春休みのその日も、俺は一樹の部屋にいた。  昼過ぎに呼び出されて、それからずっと抱かれ続けている。カーテンを閉められていない部屋の天井が葡萄色に染まっていたが、俺はそんなのを目にする余裕もなく喘いでいた。一樹のはとにかく大きくて、結腸を貫かれてしまえば声を抑えるなんて出来っこないのだ。  ――正直、ここまで慣れるのは本当に大変だった。  俺は精液を飲めればいい訳だから実際は尻に入れられたくなくて。それを一樹が『下から摂取した方が効きがいいんだってさ』って言ってなだめたりすかしたり、俺の股間や胸にふれて快楽を煽ったりするものだから結局陥落した、って感じ。だって、そもそもが性欲爆発で好奇心も爆発なお年頃じゃん。えっちいことちらつかされたらそりゃー落ちるじゃん。  そんな訳で俺の尻は挿入可能な穴にされて、今じゃ一樹のでっかいのも根元までずっぷり受け入れられる程成長しましたとさ。太いし長いしカリ高な一樹ので結腸の絞りから穴のふちぎりぎりまで引き抜かれて、そっからずんって貫かれると、ホントに訳わかんないくらい気持ちいいんだよ。腰が動くのも声が出ちゃうのも、もう全然止めらんない。ひぃひぃ泣きじゃくりながら喘いで一樹に取りすがって、もっともっと、きもちいいよぉ、ってばかみたいにねだるしか出来ないの。  俺、ベータなんだよ? なのにこんな快楽を教えられてさぁ。  一樹が俺のオメガ化を諦めてこの関係が終わったら、俺はどーすりゃいいの? 平凡なベータを抱こうなんて物好きなアルファが一樹の他にいる訳ないし、だからってベータの男にアルファ並の巨根なんて望めないじゃん?  もうさあ、気持ちいいんだけどお先真っ暗だなあ。あと何ヶ月一樹は俺を抱いてくれんのかなーって、最近そんなことばっか考えちゃう。行為の最中に出ちゃう涙はほぼ生理的なモンだけど、最近はそんなのも混じってる。だから泣き顔を誤魔化そうと一樹にしがみついたりして……その胸の広さ大きさにまた泣けてきて、この感触を絶対覚えていよう、ってぎゅっとしがみついての繰り返し。  一樹はそれを戸惑ったり嬉しがったり子ども扱いして撫でてきたりと、様々な反応を見せる。  だけど今日は。 「そんなに抱きつかれると、俺たち恋人同士みたいだねって言いたくなる」  って、照れた風に笑ったんだ。  俺はなんかそれにずきゅんって来て、べそべそしながら一樹にしがみついた。  ――言って欲しい。恋人にして欲しい。  俺の切なる望みはそれだ。  もしも本当にオメガに変われるのなら、今の俺は先生の為じゃなくて、一樹と結ばれる為にオメガになりたい。  そう願った時だった。  急に身体の奥がずくんと疼き、ぶわっと体温が上昇した。そして今まで嗅いだことのないような、甘美感のある香りに包まれた気がした。俺の中深くにはまだ一樹が埋められたままで満ち足りていて、疼くようなくすぐったいような快感にふわふわと意識を漂わせた。切ない気分が一瞬で心地よさへと塗り替えられて、一樹にしがみついたままうっとりと目を閉じる。  と、一樹が抱きしめ返してきた。  俺を深く抱き寄せて首筋に鼻を寄せ、くんと匂いを嗅いでくる。それが妙に忙しないというか、焦った感じだったので俺は首を傾げた。 「一樹……?」 「――槇……! やっと、やっとオメガになったね……⁉」  へ。  オメガ? 「え? え?」 「良かった……! まさかこんなに長く掛かるなんて、槇にはオメガ因子がないんじゃないかってドキドキしてたんだよ!」  話について行けない俺を余所に、一樹は俺を転がすと繋がったまま身体を回転させた。正常位から後背位へと変えられ、内部をぐるりと抉られる刺激に喘ぐ。その間に俺のウエストを掴んだ一樹は、がつがつと腰を打ち付けはじめた。 「ねえ、ちょ、あ、あッ、んっ」  どういうこと――そう訊きたいのに、一樹に穿たれる度に穴がじんとしびれて、ぷしゅっと何かが湧き出るような感覚がするんだ。それが気持ちよくて喘いで、足らなくなった酸素を吸って……そしたらあの甘美感のある香りが、何故か今度は気持ちよさを煽り立ててくる。気持ちよくて啼いてるのに、啼けば更に気持ちよくなって、俺は馬鹿みたいに腰をくねらせた。  もう何も分からなかった。  一樹から与えられる快楽を享受して感じ喘ぎ、導かれるままに高みへと放り投げられて、泣いてはあやされてまた酷なほどの悦びを与えられ。  所々意識を飛ばし最後には眠ってしまった俺が目を醒ましたのは、翌日の朝らしかった。  明るい部屋で目覚めてみると、一樹の姿はなくて。  身体もベッドもキレイなようだが素っ裸だった俺は、おそるおそる身を起こした。やり過ぎたのか足腰がだるいし、こんな時に寝違えてしまったのか首も痛む。それらをこらえながら、俺は服を探した。  ――泊まっちゃうなんてはじめてだ。  失敗したと思った。  イキすぎて意識までぶっ飛ばすなんて恥ずかしい。今まではそんな醜態を見せることなくやり過ごせたし、うざく思われないように速やかな撤収を心がけていたのに。  それらをすべて崩してしまった。  一樹ってば俺の身体を拭いてくれて……世話してくれたのに。それでも起きない俺を、一体どう思っただろう。  ――嫌われてないといいけど……。  ああでも、もう終わりなんだった。  一樹、俺がオメガになったって言ってた。あれがホントなら、約束は果たされてしまった。  俺と一樹がセックスする理由は、もうなくなっちゃったんだ。  途方に暮れたが、もっと途方に暮れさせる事実が発覚した。 「服……、ない」  呆然として、おもわずひとりごとを呟いてしまった。  だって本当に見つからないのだ。適当に床に脱ぎ捨てていたのに。それどころか、俺のディパックもない。いつも部屋のドア付近に置かせてもらっているのに、忽然と姿を消している。  ――え、ちょ、一樹ってばどこへ動かしたの。  ベッドをキレイにする時に邪魔だったんだろうか。まさかクローゼットの中に蹴り込まれたとか? それか廊下に出された?  俺は毛布を拝借して身体に巻き付けると、ベッドから降りた。  鈍い痛みを伝えてくる足をなだめながら部屋を横切り、ドアに近づく。ノブに触れるまであと一歩――という時に、それは唐突に開かれた。  服も髪も身ぎれいに整えた一樹だった。俺が居ることに驚いたのか、ドアを開いたまま立ち尽くしている。  俺は途端に沸き起こった羞恥にぶわっと顔を真っ赤にし、毛布をかき寄せた。 「ご、ごめん。服も荷物もなくて……! どこやった? 着替えたらすぐ帰るから……!」  言い切った矢先に、ふっと身体が浮いた。 「う、わ……⁉」  ぐらっと揺れた視界が天井を写し、それはすぐに至近距離に一樹の横顔を捉える。 「ちょ……!」  俺、一樹にお姫様抱っこされてる……⁉ 「帰らないで。ここにいて。ご飯も飲み物も持ってくるから。ご自宅には連絡してるから」 「へ」  呆けた俺を抱いて大股で部屋を横切った一樹は、驚く程の丁寧さで俺をベッドに降ろした。  訳の分からない俺はすぐさまベッドから降りようとするのだが、それを留められる。 「駄目だよ。槇のこと噛んだから。槇は俺のもの、俺のつがいだからね。それを分かってくれないと、帰せない」 「え……?」  聞こえたことの意味を掴みかねていると、一樹がベッド脇にかがみ込んで目を合わせてきた。 「勝手してごめん」  一樹のキレイな瞳が揺らいでいる。 「俺はずっと槇のことが好きで……槇が一途に先生のこと想ってるの、分かってたけど……どうしても槇を諦められなくて――オメガ化したらすぐに噛もうって決意してた」  一樹は瞳を揺らがせたまま、膝に置いた拳を落ち着きなく握り直している。その唇から語られた決意は、予想だにしないものだった。  驚愕に息を詰めた俺が返事をし損ねていると、再び拳を握りしめた一樹は、思い詰めた感じで低い声を張り上げた。 「――先生のことは諦めて。……俺を、好きになって」  命令のようでいて、懇願。  ――なんだ。俺たちずっと……両想いだったんだ。  それを悟って安堵した俺は、頷きながらふわっと笑った。 「もう好き。先生よりも、ずっとだいすき」 (おわり)
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