青い放課後

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青い放課後

 今日、現国の授業で宿題が出た。  それは『読書感想文書くこと』だ。  本は各自好きな本を選ぶ。  読書感想文を書くなんて小学生以来だ。  そういえば、最近じっくり腰を落ち着けて本を読むなんてことはなかったな。  僕は図書室に向かうことにした。  放課後の図書室はガランと静まり返っていた。  静けさを壊さないように、僕は息を潜め物音を立てないように本棚へと向かう。  「どの本にしようかなぁ……」  ひとり言をつぶやきながら、奥へ進んでいくと、小さな息遣いが聞こえてきた。  「誰かいるのかな?」  気になって、声がした方へと行く。  すると――。  「麻緒衣?」  「佐菜ちゃん!」  僕の姿をひとめ見るなり、麻緒衣は満面の笑みを浮かべる。  「こんなところで会うなんて偶然だね。えへ、ちょっと嬉しいな」  「読書感想文の宿題が出てさ、本を選びに来たんだ」  「本は見つかったの?」  僕は首を横に振る。  「麻緒衣、何かオススメあったら教えてよ」  「わたしのオススメでいいの?」  「うん」  「う〜ん……」  麻緒衣は本を抱えたまま、悩み込んでしまった。  どうやら、オススメの本がありすぎて、1冊に絞るのが難しいらしい。  「そんな悩むなって。思いついた時に教えてくれればいいよ」  「うん! 探しておくね」  そういえば、昔から麻緒衣は読書が好きだ。  とにかく本が好きだった。  空想好きに彼女には、ぴったりなのかもしれない。  小学生の頃、いつも本を読んでばかりいる麻緒衣に僕は尋ねた。  「そんなに本ばかり読んで、作家にでもなる気なの?」  「さっか?」  「本を書く人のことだよ」  「本を書く人かぁ……わたしもなりたい!」  そう言って、麻緒衣は持っていた絵本を僕に差し出しす。  「わたし、こういうご本を書く人になりたいな」  「じゃあ、絵本作家だ」  「うん! 絵本作家!」  麻緒衣は絵本を抱き締めて、嬉しそうに微笑む。  「ふ〜ん。 僕は麻緒衣の将来の夢は『永久就職』かと思ってた」  「うん? なあに? その、えーきゅーしゅーしょくって?」  「ようするに、お嫁さんってことだよ」  「どうして?」  「だって、麻緒衣はお勉強苦手だろ? お勉強苦手な子は『就職』できないんだぞ」  「そうなんだぁ……けど、わたしは『しゅーしょく』はできないけど、『えーきゅうしゅーしょく』はできるんだよね? 良かったぁ〜」  「麻緒衣、『永久就職』の意味、本当にわかってる?」  「お嫁さんでしょ?わたしは、絵本作家になって、それでそれでお嫁さんにもなるの」  「お嫁さんになるには、ひとりじゃできないんだぞ? お婿さんがいなくちゃ」  「だいじょうぶ。えへへ♪」  「ちなみに言っておくけど、僕はごめんだぞ」  「えぇ? うそぉー! なんでええー!?」  「何でもなの!」  僕がそう言うと、麻緒衣は唇を尖らせてすねた。  「いいもんいいもん! わたしにはまだ、絵本作家の夢があるもん!」  「でも、麻緒衣は絵は描けないだろ? だったら、絵本作家にはなれないよ」  僕の意地悪なひとことに、一気に麻緒衣の表情は沈んだ。  大粒の涙を瞳に溜めて、今にもこぼれ落ちそう。  僕は麻緒衣を落ち込ませしまったことに慌てて、そして後悔した。  麻緒衣は一緒に落ち込んでしまった僕の顔を不思議そうに見つめる。  「佐菜ちゃん、泣かないで……」  麻緒衣は僕の頭をよしよしと撫でる。  「麻緒衣が泣くから、僕も泣きたくなるんだ……」  「佐菜ちゃんは優しいね」  そして、にっこりと笑う。  「わたし、いいこと思いついたよ」  「いいこと?」  「わたしがお話を書いて、佐菜ちゃんが絵を描くの」  「僕が?」  佐菜ちゃんはお絵かきが上手だもん!」  「そうかなぁ?」  「そうだよ! 佐菜ちゃんはとっても絵が上手だよ! わたし、佐菜ちゃんが描く絵、だぁ〜い好き!」  それから、麻緒衣はまるで自分のことのように、僕の絵がどれだけ上手いか自慢した。  少し恥ずかしかったけど、麻緒衣に褒めてもらえて、僕は素直に嬉しかった。  絵本作家か……今でもあの頃の夢を麻緒衣は抱き続けているのだろうか?  物知りな麻緒衣にはぴったりの職業だと思う。  本の虫の麻緒衣はあらゆる本を読み漁り、知識や知恵だけは豊富だった。  体験したことじゃないから、頭でっかちではあるけど、とにかく色々知っていた。なのに、勉強はてんで苦手なんて信じられない……。  茶葉の出がらしを使って畳を掃除する方法から、世界中に民話や伝説まで、知識の幅は広い。  そういう話を聞いていると、僕はおばあちゃんのことを思い出す。  縁側でのんびり、色んな話をしてくれたおぱあちゃん。シワシワだけど温かい手。麻緒衣といると、優しかったおばあちゃんを思い出すんだ。  「麻緒衣は本当に本が好きだね」  「うん!」  笑顔でうなずくと、麻緒衣は愛おしいものを触るような手つきで本を撫でる。  「本はね、わたしを世界中に連れて行ってくれる。夢の世界にだってだよ。きっと一生行けないところだって、本を読めば、そこに行って色んなものを見てたくさんの人に会えるの」  「実際に行ってみたっていいじゃない?」  何気ない僕のひとこと。  それなのに、麻緒衣はどこか悲しげな表情でうつむいてしまった。  「ごめん、僕変なこと言った?」  麻緒衣は無言で首を横に振る。  「麻緒衣はまだ若いんだし、これから色んなところに行けるよ」  「・・・・・・・・・・・・」  「麻緒衣?」  「わたしはどこにも行けないよ……」  重く沈んでしまった表情で、麻緒衣はつぶやくように言う。  「どうてだよ?」  「・・・・・・・・・・・・」  どうしたんだろう……?  麻緒衣は唇をかみ締め、今にも泣きそうな顔をしている。  「麻緒衣、何かあったの? どうして、どこにも行けないなんて言うの?」  「・・・・・・・・・・・・」  麻緒衣は僕の顔を見上げると、何かを言い出したそうな表情でじっと見つめる。  「麻緒衣……?」  次の瞬間、麻緒衣はニコッと笑い、肩をすくめた。  「わたしって、お勉強苦手だから。外国なんて行ったら大変なことになっちゃう」  麻緒衣は舌をペロッと出して、再び僕に微笑みかける。  気のせいかな……?  僕には、麻緒衣が無理して笑っているように見えた。  「なら、僕が一緒に行ってあげるよ」  「えっ……?」  「麻緒衣ひとりだと、悪い人に誘拐されたりお金盗まれたりするかもしれないだろ?心配だから、僕が一緒に行ってあげる」  「佐菜ちゃん……」  麻緒衣がまた泣き出しそうな顔をする。  「嬉しい……ありがとう、佐菜ちゃん……」  そう言って、今度は自然な微笑みを僕に向けた。  「そういえば、麻緒衣はまだ絵本作家の夢を追いかけてるの?」  麻緒衣は恥ずかしそうに首を縦に振る。  「ドジっこなわたしには無理かもしれないけど、夢見るくらいいいよね?」  「うん……」  「わたし、お勉強できないし、取り柄もないから……」  「そんなことないよ……」  麻緒衣には取り柄がいくつもある。本人が自覚していないだけで、料理や家事はプロ並みだ。  胸を張って自慢してもいいくらい特技。だけど、僕には取り柄も特技も何ひとつない……。  「でもねでもね、わたし、お話考えるの大好きだし、それが一生のお仕事になるなんてステキだと思うの。だから、絵本作家になる夢だけは諦めたくないなぁ」  「・・・・・・・・・・・・」  瞳をキラキラさせながら、将来の夢を語る麻緒衣。  僕は麻緒衣の話を聞きながら、嫉妬のような気持ちを抱いてしまった。  麻緒衣には夢がある……。だけど、僕にはない……。  自分が将来の目標を何ひとつ持っていないことに気づかされ、僕は少し落ち込んでしまった。
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