2

1/12
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ

2

 その日の自由時間が始まった時、雑居房内のテレビを見ていた僕は看守に呼ばれました。 「何だよ」  阿澄さんは心配と疑いの目で僕を見送りました。  僕自身、何の心当たりもありません。看守も僕をどこに連れていくのか、一切説明してくれません。固い床を叩く靴音だけが聞こえます。  やがて僕は、ある独居房の前に立たされました。看守がドアを開けると、そこには一人の老人がいます。  僕は説明を求めるように看守を見ました。彼は一呼吸置いて、部屋の隅に置かれた机の上の原稿用紙と鉛筆を指しました。 「今後自由時間の十五分は、お前はここで過ごしてもらう」 「どういうことですか」  反射的に訊き返してから口を押さえました。下手に言い返すと全て口答えと見なされかねません。  しかし看守も、説明が足りないと思ったのか、独居房にいた老人を交えて話をしてくれました。  独居房に入っていたのは一六四四番さん。寮内工場では見ない顔ですから、きっとある程度しっかりしているのでしょう。眼差しにも確かな意志を感じますし、老齢に見えますが、体つきもがっしりしています。 「この一六四四番は『人間』に投稿することを楽しみとしているが、腕が不自由になった。そこでお前が代筆することになった」  看守の命令は絶対です。どうして僕なのか、疑問は覚えましたが、僕には頷くしかできません。 「一六四四番、一七一五番。これから十五分だ」  看守はそう言い残して出ていきました。鍵をかけて、本来は一人しかいられない独居房に二人が入るという、異例の状況が作り出されます。  僕は戸惑いつつ、一六四四番さんに向き直りました。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!