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 その日倉田さんを訪ねると、机には原稿用紙ではなく便せんがありました。いつものように黙礼した倉田さんですが、今までのように『人間』への投稿とは違うとわかります。  僕が倉田さんの元を訪ねたのは一ヶ月ぶりです。最初の文章を書き上げて以来、倉田さんからのお呼びはかからなかったのです。体調不良か、それとも創作意欲がわかなかったのか。静かな表情からうかがい知ることはできません。 「拝啓、倉田慎一様」  思った通り手紙でした。僕は倉田さんに漢字を確かめながら書いていきます。  時候の挨拶に始まり、本題へとつなげていく。ずっと昔、学校で習った手紙の書き方を思い出します。教科書通りの、とてもしっかりした手紙の書き方です。年代のためでしょうか、倉田さんは手紙にとても慣れているようでした。 「まさか手紙を送ってよこすとは思いもよりませんでした」  手紙を宛てる倉田慎一さんは、どうやら息子さんのようです。僕はその息子さんへの返事をしたためているようです。
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