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「実の親に忘れろなんて、言われたくないですよ」  僕は長い間母親と二人暮らしでしたが、古い記憶には父親も存在するのです。乱暴なところもありましたが、休日には自治会が開く運動会でエースランナーとして大活躍するかっこいい父親でした。僕が小学生の頃に離婚してしまい、その後は音信不通です。その父親がもし、僕の居場所を何らかの方法で突き止めて、出所が二年後に迫っていることを知って。 『お前という息子のことは死んだと思っている』  そんなふうに突き放されたら、ただただ悲しいでしょう。  助けるつもりがないと言い放つようで。少し期待する肉親の情を粉みじんに打ち砕いて。存在自体を否定して。  きっと親子の間で絶対に交わしてはならない言葉の一つでしょう。 「すみません。そういう内容なら、僕は書けないです」  これは看守の命令に背いていることになるのでしょうか。倉田さんがどう思うかよりも、そのことを恐れる自分はひどく小者じみています。  倉田さんから表情が消えました。期待感を一切失ったのだとわかります。 「それなら、もう結構です」
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