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 僕が何を言っても、返ってくるのは自分の故郷の話や想像の中で出会ったらしい人の話ばかりで、僕との会話は成立しませんでした。認知症になった老人の現実を知っていると、看守の対応は当然だと思えてくるのです。  倉田さんはそんな環境下で、様々な色のろうそくを前にしていました。それを色ごとに分けています。分けられたろうそくは後で溶かされて再利用されます。  ろうそくを持ち上げて、色によって決められた箱へ入れていくだけの作業です。しかし倉田さんにはそれさえ辛そうです。大きめのろうそくはともかく、仏壇に供えるような小さなろうそくを指先で摘まむのに苦労しており、それを持ち上げる際も、鉄球でも持つような不安定さです。  僕は倉田さんの両手が不自由というのを、話でしか知りませんでした。実際目にすると本人の頭がしっかりしているだけに、ひどく不憫なものに見えてしまうのです。
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