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 僕はふと、倉田さんの手紙のことが気になりました。倉田さんが気分を害してから、僕は一度も呼び出されていません。ものを持つことすらできないのですから、自分で手紙を書くのは難しいでしょう。  高齢者は病気にひどく弱い存在です。加えて、満足な加療が行われないかもしれない環境下で、倉田さんが耐えられるかどうかわかりません。  最悪の展開を辿れば、倉田さんの手紙はどうなるのでしょう。  どんな手段を使ったか知りませんが、自ら父親の居場所を調べ上げて手紙を出した息子さんは、来ない返事をいつまでも待たなければなりません。  忘れろと言われるよりも辛いことかもしれません。人間、抱いた期待が実は無駄だったと知った時が一番堪えるのです。  僕は看守に見つからないように、一度だけ倉田さんの独房を振り返りました。彼の手紙を書きたいと思います。しかし自分で働きかけることはできません。これが自由を制限される刑務所の中でなければと、つくづく思います。
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