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今から思えば、なぜあの時に彼の名前も尋ねなかったのだろうと
少し悔やまれる。
いや、正確には、玲子も尋ねようと思っていた。
だが、その隙を与えずに、彼の低い声がポツリと言ったのだ。
「俺さ、来月から長崎の学校に転校するんだ」
えっ?
再び思いも寄らない事を言われ、思わず玲子は隣の彼に目を向けた。
だが、彼は視線を手元のノートに落としたまま。
「それで、えっと、もう会えないかもしれないんだけど……」
なんとなく言葉が繋がらなくなった彼の横で、妙な緊張感に包まれた玲子も
声を失くしていた。
そして「あの……」とぎこちなく言葉を繋いだ彼が、チラリと玲子に
視線を向ける。
だが、その途端、彼はいきなり勢いよく立ち上がった。
「やっぱ、いい……」
「えっ……?」
しかし彼は、さっと自分の荷物をまとめると、そのまま続きを言わずに
出て行ってしまう。
そして玲子もまた、どこか呆気にとられ、頭が空白になったまま
彼の後ろ姿を見送るしかなかった。
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