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ヒューマノイドロボット『ミール』
「おちゃができました!」
ウトウトしていた俺の耳に甲高い声が入ってくる。
目を開けると……手のひらサイズの小人数人がお茶を両手で支えて、魔王の玉座で座っていた俺の足元で待機していた。
こいつらはちび魔王。
俺の分身のような存在で、一人さびしく魔王城で暮らす俺の世話係兼話し相手だ。
『うむ、よくやった』と褒めてやってから、できたてほやほやのお茶を口に含む。
おぉ……今日も今日とて美味しいお茶だなぁ……
俺がちび魔王と楽しく会話をしながら優雅にティータイムを洒落込んでいると……突然、爆発音と共に何かが崩れるような音が頭上からしてきて……女が天井から降ってくる。
その降ってきた彼女は、華麗に着地を決めた後、
「私は、魔王を暗殺するために作られた戦略ヒューマノイドロボット『ミール』。未来からこの時代へとやってきて、始まりの魔王であるあなたを討ちに来ました」
と、いきなり物騒な事を言ってきた。
……はぁ。人がこうしてくつろいでいたというのに。天井も派手に破壊しやがって……
『リワインド』と魔術を唱えて、天井と屋根を一瞬で元通りに復元する。
その間、訳の分からんことをほざいていた女は、何をするでもなく直立不動で俺の事を見てきていた。
……不気味なやつだ。『ひゅーまのいど』とか『ろぼっと』とか、俺の知らない単語を喋った挙げ句、『未来からやってきた』などと言ってきたし。
巷で流行っている薬をキメておかしくなった奴が俺の城へ無断で入ってきたんだろう。はた迷惑なやつだ。
しかし、一応話は聞いておいてやろう。俺はある程度寛大な心を持っているからな。
ちび魔王にコップを渡した後、ずっと突っ立っていた彼女から話を聞く。
「で? お前はどこの誰だ?」
「私は未来からやってきたヒューマノイドロボット『ミール』。未来からこの時代へとやってきて始まりの魔王であるあなたを殺しに来ました」
さっきと一言一句同じことを俺に言ってくる。
なるほど。さっぱり分からん。しかし、知らない単語に関しては興味をそそられるものがあるな。詳しく聞いてみよう。
「『ヒューマノイド』ってなんだ?」
「人間型ロボットのこと」
……説明が下手なやつだな。
「じゃあ、『ろぼっと』ってなんだ?」
「ロボットとは、私みたいな物のことを指す」
……おいおい、それじゃ説明になってないだろうが。俺は何一つ理解できてないぞ。
「バカにでも分かるような説明は出来ないのか?」
「……ロボットとは、電気などを動力源に機械装置を動かし、人間に似た動作をする人形のこと。つまりは私」
「またよく分からん単語が出てきたが……つまり、お前は人間ではないということか?」
「そういうこと」
こいつが人間じゃないって?
俺には人間にしか見えないが……動き方、喋り方どれをとっても人間そのものじゃないか。
「人間じゃないという証拠は?」
「機密情報が含まれるため見せられない」
なるほど。お断りと。
まあ、こいつが人間かそうじゃないかなんてどうでもいい話か。
この話は終わりにして、次の話題へと移る。
「それで、なんだってお前は俺を殺そうとしてんだよ」
こいつが薬をキメたバカだとしても、『殺す』と言ってきたやつの動機は知っておかないとな。
「私がいる未来では、魔王は人間を奴隷としてこき使い、使い捨てている」
ミールは無表情でそんなことを言ってきた。
……人間が奴隷?
「面白いジョークだな。しかしなるほど。それが本当ならば、未来の魔王はバカなことをしてやがる。で、それでなんで俺のいる時代までやってきて、俺を討つという流れになるんだ?」
「未来の魔王は強すぎて私では勝てない。ただ、始まりの魔王であるあなたであれば勝てると私を作った人間は踏んだ。あなたさえ殺せば忌まわしい魔王は消え、平和に暮らせると。そう彼らが言っていた」
ふむふむ。なるほどね。
そばに置いておいた葉巻に火を付け……煙を吸う。
ふぅ……とゆっくり煙を吐き出した後、口を開いた。
「お前、そこまでの妄想を吐き出せるんだったら物書きにでもなったらどうだ? 売れるかもしれんぞ」
「妄想じゃない。私が言った未来のことはすべて事実」
ミールはムッと、少しだけ眉をひそめる。
全て事実……ねぇ……
「じゃあお前、この世界のことを知っているのか? この世界での魔王と人間の関係性を分かった上で始まりの魔王? とか言われている俺を討とうとしているのか?」
「魔王は悪。そう教えられてきた。この時代における世界のことは何も知らない。けど、魔王は悪だから、ここでも人間を奴隷にして使い捨てているはず」
……自分では考えていないと。でも、他人からそう言われたからそうなんだと。ミールは揺るぎない自信を持ってそんなことを言ってくる。
全く、未来の奴らは魔王も人間も馬鹿しかいないのか?
はぁ……
葉巻を魔術で跡形もなく消し飛ばし、ミールに指をさす。
「バカだな、貴様」
「私はバカではない。私は魔王を討つために作られたヒューマノイドロボット。全てのスペックにおいて人間を遥かに上回り、神の如き賢さを誇ると言っても過言ではない」
えっへん、というように胸を張る。
自分で神とか言っている時点で救えないバカだな、こいつは。
俺は、そんな『賢い』ミールにこの世界のことについて暇つぶしがてら教えてあげる。
「この世界では、人間が奴隷になっているとか、そんな事態になることはありえん。そもそも魔王って誰のことを指すのか分かっているのか?」
「魔族の長である人物の事を指しているはず」
……?
「お前は何を言っているんだ? ってか『まぞく』ってなんだよ」
「あなたのような人のこと」
……いや、訳が分からんぞ。
「何が『神の如き賢さを誇る』だよ。マジモンのバカじゃないか。いいか? 魔王っていうのは『魔術を極めし人間』のことを言っているんだよ。魔術を誰よりも研究し、それに長けた人間が周りから『魔王』って呼ばれるように何時からかは知らないがなったんだ。だから魔王とかこの世界には何人もいるし、別に俺が最初の魔王っていうわけでもない。分かったか?」
「あなたは嘘を言って、私を騙そうとしている。私に勝てないと悟って、情報戦を仕掛けてきているに違いない」
全く信じてもらえない。
てか、本当に薬をキメたバカじゃないのか? あまりにも色々なことを知らなさ過ぎるぞ。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「お前の戯言なんて全く興味ないがな、この世界を見て回ってきたらお前の言っていることがどれだけ現実と乖離しているかはすぐに分かる話だ」
「…………確かに。あなたがここで嘘を言ってもすぐにバレる。嘘をつく意味がない。でも、それで時間を稼いで私から逃げようとしているという可能性もある」
何が何でも俺を悪者にしたいらしい。
「逃げねえよ。てか、この魔王城が俺のーー」
「やっぱり。あなたは魔王。全ての悪の根源である始まりの魔王。討たないとーー」
「――話を最後まで聞くという頭はないのか? お前のご自慢の頭は空っぽなのかな?」
煽ってみると、彼女が黙った。
そうだ、人がが話している時は黙るのが礼儀というものだ。
「ここは俺の家だ。『魔術を極めし者』が住んでいる家だから『魔王城』と周りから呼ばれている。別に俺が最初に言い始めたわけじゃない。理解したか? てか理解しろ。話が進まん」
「……分かった。魔王とは『魔術を極めた者』で、『魔王城』とは魔王の家だと仮定する」
……いや、ただの事実なんだが……まあいいだろう。
「で、別に俺は人間に対して悪いことなんてしてないし、始まりの魔王でもなんでもない。お前から逃げるための時間を稼ぐのために嘘の情報を言っているわけでもないし、逃げもしない」
「…………」
「外を見て回ったら分かる事実だ。お前の情報が間違っているんだよ。だから、お前は無駄足を踏んだわけだ。未来からこんな時代にやってきたのにな。ご愁傷さまだが、俺には関係ない。さっさと未来とやらに帰って、お前のお仲間に情報を持ち帰ってやれ」
俺は寛大だからな。ここで天井をぶっ壊したお礼としてこいつを懲らしめてもいいんだが……何もせずに帰してやる。
しかし、ここまで懇切丁寧に話してやったのに……ミールは黙ったままだ。
まだ何か文句があるのか? てか、眠たいからもうそろそろ寝たいんだが。
「……あなたの言っていることが全て正しいと仮定する。だとしても、私が未来に帰るということは出来ない」
「どういうことだ?」
「……私は未来に帰る手段、方法を知らない」
おっと、これはまたまた面白い冗談だな。
未来からやってきたということだけでも面白いのに、その未来に帰ることが出来ないとか……俺の腹をねじ切る気か?
「ぷっ……あははははは! お前を作ったとかいう人間は、未来に帰るための方法や手段を一切持たせずに過去に送るだけ送って、『魔王を討て』としか命令してこなかったと? そういうことなのか?」
「……そういうこと」
俺は数十秒声に出して笑った後、ようやく落ち着きを取り戻す。
ひぃ……笑った笑った。しかし……それが本当なら未来の人間はとんでもないことをするもんだな。過去への片道切符だけ渡して、魔王を殺してこいとか……それこそ『使い捨て』じゃないか。
しかし、まあどれもこれもミールの妄想なんだろうがな。いやー、出来た話だ。
でも、もう十分だ。そろそろこいつにはお帰りいただこう。
「俺なら未来へと行く方法を知っているぞ?」
お帰りいただくために、俺はまず彼女が食いついてくるであろう話を振った。
色々と疑心暗鬼になっているはずだからな。嘘くさい話でもくいついてくるはずだ。
「……本当に? それが本当だと仮定して、一応聞いておきたい」
まんまと釣れた。
俺はニヤリと口角を上げ、彼女に近くに来いという。
彼女はそれに従って……俺のそばまでやってきた。
「今からお前の頭に直接方法を流し込んで教えてやる。じっとしとけよ」
そう言ってミールの体に触れ……俺はずっと前から構築していた魔術を起動する。
「《ディスアーマメント》!」
すると、彼女がまばゆい光に一瞬だけ包まれて……何事もなかったかのようにその光は霧散した。
「……何もデータが送られてきていない」
ミールが不満そうな顔をする。
神の如き賢さを誇っているのにこんな嘘に騙されるとはな。まあ、自称だから仕方ないか。
「そりゃそうだ。俺は未来に行く方法なんて知らないからな。今のは、お前の武装を解除しただけだ。まあ、正確に言えばロックだが」
「そんなこと出来るはずがない。私の武装システムはオールグリーン……あれ……一から一万までの武装がすべて使用不可になっている」
こっわ。こいつ一万の武装を持ってやがったのか……! どこに収納してんだ? 異空間か? ……まあ、どうでもいいか。
すぐに興味が失せた俺は、魔術でミールの頭の中に声を届けつつ、彼女を瞬間転移させて魔王城の外へと放り出す。
<二度と俺の城へと入ってくるなよ。今回は面白い話を聞けたということでお咎めなしにしてやったが、次はない。それだけだ。達者でな>
言いたいことを言い終えた俺は、ちび魔王に『寝る』とだけ言ってから魔術で魔王の玉座をベッドに変形して……夢の中へと意識を沈めていった。
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