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 本庁は執務室――  大昔の王侯貴族の持ち物のような、豪奢な飾り付きの鏡の中央では、紅蓮の華が咲いていた。  勢いよく燃え盛る火焔の前には、雪のひとひらのような小柄な少女――  死装束を纏った鹿乃が立っている。  彼女は降る雪のようなためらいのなさで、焱(ひ)の中に身を投じた。  純白の袖が誘うように灼熱に消えたかと思えば、列をなした数多の囚人が釣り込まれるように後に続く。  聞くに堪えない叫び声が、切れ切れに、焔の中から轟いた。 「今日も絶好調だなあー、かのちゃん」  その鏡は浄玻璃(じょうはり)鏡。  主の望むものすべてを映し出す、という地獄の至宝を前に、所有者の閻魔はあられをかじりながら、だらけた姿勢で感想を漏らす。  まるでお昼のなごやかな情報番組でも見ているかのようなテンションだ。 「至宝をわりとただの防犯カメラみたいに使うんですね……」 「便利なんだからいいじゃないか」  泣く子も恐れるという、閻魔王。  実のところ――結構、サボり症の合理主義者である。 「そんなのがあるのに、現地に監督官置く必要ってあります?」 「……五日目か。そろそろ慣れたかい?」 「いえ……相変わらず、痛そうで、つらそうで、こっちがつらいです」  当の罪人たちは、犯してしまった罪を早く禊ぐべく、無心で血や苦悶を垂れ流しているのだろうけれど、一日に何回も惨い殺し方をされる人たちを何もできないで見ているだけ、という監督官の仕事は、なかなかにメンタルをやられる。  ましてや、とっくに地獄を去っていいほどに苦痛を味わいながら、居残っている鹿乃を見守っているのは、「なぜ」という葛藤が尽きず、苦しい時間だった。 「鹿乃は……何でさっさと改心してしまわないのか……。聞いてもはぐらかされるばかりなんです」 「ふふん。彼女は、心が強いのだよ。それだけは、地獄の業火でも焼き尽くすことはできない」 「俺は、なにもできないのに……監督官なんて、笑えます……」  閻魔は頬杖をついたまま、奥歯であられを噛み砕き、ごくん、と飲み干した後、笑みを浮かべた。 「やれることは、あるはず。君にしかできない仕事だ。……そう見込んで、私が君をスカウトしたのだから」 「…………」 「だけど、君は『呪』さえ、使おうとしないらしいね。どうしてだい? うまく使えば、かのちゃんにとって有効打になるかもしれないのに」 「…………」 「君には武器がある。もう聞いたかい? かのちゃんから」 「……声、ですよね」  生前、彼女が愛した男、実藤(さねとう)十吾(じゅうご)と俺は、声が似ているらしい。 「だけどこの声は……俺のもんじゃありませんよ」  こちらに転生し、鬼の姿になって、得た声だ。  それを使って、彼女に好かれようっていうのは、ちょっと都合がよすぎるんじゃないか、と思わなくもない。 「使えるものは、使えばいいのさ。彼女の好感度や信用を勝ち取り、徐々に説得していけば。彼女を次の輪廻に導くことができる。あのままほうってはおけないだろ?」 「それは……そうですけど」 「自分の向こうに十吾の影を見出されるのは、プライドが傷つくのかな?」  閻魔の言葉に、俺はハッとさせられていた。  ……そうなのかも、しれない。
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