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きんきら御殿の一室で、ごくりと生唾を飲んで「閻魔王のおなり」とやらを待っていたら、入って来たコスプレ姉さんにきっぱり否定された。
「あー、ちがうちがう、君は罪人じゃない」
「そ……そうなんですか?」
姉さんは、やりすぎ成人式女子のごとく、高く盛った黒髪に金の簪や花飾りを挿し、花魁風に肩をモロ出しにしている。
……何者だ、この人。
ぎりぎり見えそうなくらいに露わになった胸の盛り上がりから慌てて目をそらすと、姉さんは俺に一歩二歩近付いた後、腰にクるような声で言った。
「その気なら、ここでヤッたことを、裁きに含んでもいいけど。地獄の苦しみと引き換えの天国ってやつを、味わってみるかい?」
「……ヤ……や、やるって……それは、その」
「場所によって、受ける咎の種類が変わるんだけど、どこがいい? もしココに悪いことをするなら、衆合地獄ででかい釘を口からぶっ刺して、脳まで……」
「け、結構です!」
妖艶に唇を指でなぞる姉さんに、Wの意味でぞくり、としながら、慌てて辞退する。
なんでそんなに痛々しいことを笑顔で語れるんだ。サイコパスなのか?
「心配しなさんな。地獄堕ちになるのは、嫌がる女に無理強いした時だけだから。彼女との愛あるセックスはだいじょうぶ。……今はね。昔は合意があろうがなかろうが罪は罪だったのだよ」
くっくと笑って、女は言う。
「彼女、ずっといないし、そんなことやってないです」
「じゃあ何よりだ」
何よりじゃない。いいことは何も経験せずに死んでしまった、という悔しさばかりが残る。
「……あなたが、閻魔さんなんですか」
「ほう。さすがだね。もう少し年配の相手だと、閻魔王の助手か? とか嫁か? とか尋ねられることが多かったんだが。この前、男女雇用機会均等法とかいうのができただろう? あれから、日本人の意識も変わってきた」
「……だいぶ前ですよ、それ」
俺が生まれるずっと前にできた法律だし、親も共働きだし。
なんかこの人、田舎のばあちゃんみたいだな、と、ちょっと思う。否定しないところを見ると、閻魔で間違いはないようだけど。
「人間とは寿命が違うから、私にとってはついこの間、だな。君たちの世界は短い時間で目まぐるしく時代情勢が変わっていくから、こちらとしても裁きが時代遅れにならないために勉強し続けなけりゃならん。大変なんだよ~……」
「へえ……」
「私はずっと日本担当なんだが、明治維新の時なんて大変だった。世の中ががらっと変わって……。動物喰いや、金儲け、性行為の条項はほとんど全改正されたな。嘘つきに関しても、あの時の基準のままなら、現代人は大半が地獄堕ちになってしまうだろう。ただでさえ罪人が多くて困っているというのに……」
うわぁ、閻魔っぽい話してる……。
理解できなさを抱えていると、閻魔はつと俺に視線を向けた。
「君の話をしようか。館野(たての)慎(しん)。今はまずそれが気になって、一般情勢などは耳に入ってこないのだろう?」
「……はあ。すみません」
話をろくに聞いていなかったことを見透かされた俺は、正直、腰が引けていた。
恥ずかしながら、びびっていたのだ。
ここに呼ばれたっていうことは、つまり俺は……。
「館野。君は生前、大きな罪を――……
閻魔(?)はそこで、しっかりタメを作った。
俺の心臓は、ばくばくばく、と大きく跳ね続ける。
「……犯さなかった。だから地獄道に堕ちることはないよ」
「はー、よかった」
緊張から解放された瞬間、勝手に心の声が漏れる。
よかった。
そりゃ、大罪を犯したら自分でわかるだろ、というのも一理あるけど、自覚のないところでなにかやらかしている可能性だって、ゼロではない。
ここで秘められた真実を知らされて、打ちのめされる、ということだって、充分あり得ることだった。
痛みや苦しみを半永久的に受け、犯した罪を悔い続ける――……。
そんなの、自分で言うのもなんだが、甘やかされた現代人の俺に耐えられるはずがない。
殴り合いの喧嘩も、ろくにしたことがないのに。
痛みへの耐性なんて、絶対、ない。断言できる。
「じゃ、天国に行けるんですね」
閻魔は腕を組み、考え込むような顔をした。
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