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就活解禁は来年のはず……じゃなくて。
あの世には新卒一斉採用なんて、関係ないのだろうか。
「君、淡泊だし、善がなんだかは知ってるけど生粋の善人ではないし、うちの仕事、向いてると思うんだ。このままだと、君は阿修羅道行きだろ。一応は善行を積んだやつが行くとこだから、風光明媚できれいな女もいるが、日課は戦争だ。一日三回戦戦場に赴いて剣をふるわなきゃならん」
「なんで悪いことしてないのに、そんな世界に……」
「すべてのことには意味があるのだよ。廻る魂に、刻み付けなきゃならないものが、えー、来世の人道に向けて闘争心を養ってもらいたいとか?」
「だいぶふわふわしてるじゃないですか! だいたい剣って何時代の……」
「館野、剣道経験者?」
「……いえ、球技だけで、格闘技は全然」
「ちゃんと痛いよ」
「うわ……」
そもそも何のためにどういう人たちが争っているのか、一日三回って何時から何時までで休憩はどのくらいあるのか、ありとあらゆることがゆるゆる説明不足だ!
まだ地獄の方が、わかりやすくはある。
「うちで働く方が絶対楽だよ。きつい・汚い・危険な肉体的労働は現場任せ。君には管理職見習いとして、下っ端に任せられない現場監督とか、少々儀式めいたことをお願いしようと思う」
「けど……現場……って、罪人が釜茹でされたり鞭振るわれたりしてるんですよね?」
「もちろん。あ、君の体は鬼として転生するから、針だの血の池だのに触れても痛みは感じないよ」
「それでも、……きついと、思います。精神的に、俺、SM趣味ないですし、それを楽しめるほど病んでないっていうか」
「……まあ、そのへんは、……誰かがやらなきゃならないことだし、向き不向きはやるまでわからない。やってみて無理だと思ったら、転属願いを出してくれればぁ」
閻魔の歯切れが少し悪くなる。こういう時の大人は、だいたい、こちらに不利なカードを隠そうとしているものだ。
「うーん……だけど……」
「館野。今回のスカウトは、地獄の長たる閻魔自ら行うものだ。ぶっちゃけ、エリートコースだ。好条件を揃えてる。定時きっちりにあがっていいし、休息中のリラクゼーション施設も完備。独り立ちしてからは、自分の裁量で動ける仕事だから、楽だと思うぞぉ」
なるほど、事故で死ななくて普通に就活したとしても、三流大学に通ってた俺では手が届かないような、安定した就職先、なのかもしれない。
一瞬、心が揺れる。
「……けど、そんな好条件の仕事を、何のとりえもない俺に、というのが、そもそもおかしくないですか」
ブラック企業、ダメ、絶対。
というのを、キャンプ中、五年生の先輩に散々擦り込まれた俺は、いささか懐疑的にならざるを得ない。
「そんなことぉ、ないよぉ。こういうのは、仕事って言うのは縁で成り立ってるんだからさぁ。館野とぜひ一緒に働きたいなぁ。君は原石なんだよぉ。私にはわかる!」
閻魔はがんとして目をそらさず、不必要にフレンドリーに、圧をもって迫って来た。
なにかやましいことがあるなら、視線をそらし、おどおどとした態度を取るものだろう。
もしかしたら、これは本当に、チャンスなのかもしれない。
生き甲斐が、……持てるような人生が、これから待ってるのかもしれない。
死んだ、後ではあるけれど。
「館野。労働の対価に給与を渡してもどうせ来世には持って行けないけれども、しっかり務めあげてくれたら、労力には報いるよ。任せなさい、私は地獄の長だ。鬼の次の輪廻はストレートに人界、初期条件は君の希望をできる限り叶えよう。好景気の時を狙って、富豪の家に生まれさせることだって、私の手にかかれば簡単さ」
「本当ですか。やります」
気付けば、俺はあっさりと決断していた。
見た目もフツー。家もフツー。
彼女もできず、フツーに冴えなかった人生。
あのまま続いていても、どうせ大逆転など起こりえなかっただろう。
次の輪廻では、幸せになってやる。
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