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             ----:*:■:*:----  衆合地獄内の周囲に設けられた小地獄のひとつ、大量受苦悩処(たいりょうじゅくのうしょ)。  ――の門の外で、俺は胃の中のものをリバースしまくっていた。 「地獄の中では、ここは比較的刺激が弱い方なんだが……」  失望したように隣でエリア統括長ゴトーさんが呟く。  そんなこと言ったって、不景気と言ってもまだまだ平和な日本で二十年間のほほんと生きてきた俺にはきつい。  かーなーりー、きつかった。  小地獄の中で行われていたことは、シンプルと言えばシンプルだ。  牛頭(ごず)馬頭(めず)の獄卒が数人がかりで罪人を取り囲み、長い鉄串で四方から突き刺す。抜く。刺す。  元は白かったのだろう、ぼろぼろの着物を着た罪人が血を流して泣き叫ぶ。  見渡す限り、その光景。  実際近くで見るまで実感が湧かなかった俺もバカだけど、駅ですれ違っていそうな普通の人たちが拷問を受けているのを目の当たりにして、全然、平静ではいられなかった。 「鹿乃も中にいたんだが……見たか? 一人だけ若い女の姿だから、目立つと思ったのだが」 「……いえ……。すみませ、っぷ、目の前くらくらして……だめでした……」  見たくないものを前にして、本能が勝手に、視界にフィルターをかけてしまっていた。  あんな中に。  ――百年間。体感ではその何十倍もの時間。  ……耐えられるのか?  そこまで考えて、また俺は吐いた。  もう吐く中身がなくて、胃液がだらっと口端から垂れる。 「ゴトーさん……? 新しい監督さんって、その方?」  突然、女の声が、背中の方からかぶさってきた。  小さな、優しい声。  こんな悲惨な場所どころか、都会の雑踏の中でも、そうは聞くことのない、野の花みたいに可憐でいとけない話し声。  生まれたての子猫の鳴き声にも似て。  無条件で守ってあげたくなるような――……。  振り返ると、そこにはものすごく小柄な、黒髪の女が立っていた。  くりっとした、黒目がちの大きな瞳が、それこそ小動物のようにかわいい。  白い着物を着て、それは罪人――というより、元々は死者のための装束ではあるのだけれど、彼女が着ると、時代劇に出てくる清純な姫君の寝間着姿、みたいだ。  着物からうかがい知れる肉付きはよくなかったけれど、抱き締めたら折れそうに華奢な感じが、女っぽくて、たまらなかった。  今どき、旧家のお嬢様でも、ここまで「箱入り」な感じはしないだろう。  ……しかし、そう。約百年前に死んだ彼女は、いわゆる「旧家」の全盛期、その時代を生きていたのだ。  本物の、お嬢様。  ……痛みになんて、俺よりもずっと、弱そうなのに。 「あの、……甕川さん。新人ですが、よろしくお願いします」  LINEアドレス教えて、の代わりに、俺は胃液まみれの口で、なんとかそれだけ伝える。  近くに自分の拵えたゲロ池のある状態で、自己紹介はなんとなくはばかられた。 「鹿乃。彼があなたの新しい監督官。タテノだ。昨日地獄に来たばかり。まだ知らないことも多いから、色々教えてやって欲しい」 「はい。わかりました」 「任せてもいいかね?」  閻魔はOJTって言っていたけれど、教育係のゴトーさんは、現場に丸投げしようとしている。  適当だなぁ、と思ったが、まだ精神的なダメージが響いていて、頭上で交わされる会話もグルグル渦を巻くようだ。 「私はかまいませんが、今日この後『呪』が必要になったら、私は誰にお願いしたらいいのですか?」 「……そうか。その説明くらいはしておいた方がいいな。タテノくん」  自分の名前がゴトーさんに呼ばれているが、動けない。  動いたら、また吐く。  そういう状況で、どうすることもできずにいたら、なんと、 「監督さん、監督さん、だいじょうぶですか? 起きてください」  甕川鹿乃、に、  背中をとんとんと叩かれ、柔らかく揺さぶられた。  ――人界ならまったく相手にされることはないだろう、高嶺の花のようなうつくしい女性に、甘い声で、呼びかけられて。  すごい、こんな幸運。いっぺん死んでみるもんだな――。  そんなふうに思っていたら、心身の回復にも影響したのか、なんとか腕に力が入り、上半身を起こすことに成功する。  明るくなった視界の中で、突然、ゴトーさんが刀を抜いた。  ……刀?
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