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開いた口が塞がらないというのは、こういうことだろうか。
首を切断されたら、人間、生きていられる訳がない。
だけど、ゴトーさんがその言葉を唱えた瞬間。
鹿乃の首から勢いよく噴き出す血が止まり、数度のまばたきの間に新しい首が――
生えている。
自分が今見たばかりのものが、信じられなくなりそうだった。
映画なら驚かなかったかもしれない。
最近の技術はすごいから……。
だけど、これはスクリーン越しのCGや特殊メイクなんかじゃない。今、俺の目の前で起こったことなのだ。
俺の顔にぴしゃりと散った、鹿乃の血の粘り。
濃厚に立ち込める、すごいにおい……。
彼女は、鹿乃は、つくりものの人形などではなく、人間のはずなのに。
たとえ、生身の体は百年も前にほろびて荼毘に付されても。
まぼろしなどではない。
俺は、今さっき、確かに彼女に背中を叩かれたのだから。
震える息を吐き出し、俯いて地面を睨んだ。
喉がヒクついて、まだ、うそだ、と叫びたがっている。
俺が生まれ、二十年間過ごしてきた世界――令和の日本とは、常識からして違いすぎた。
殺伐としたニュースはもちろんあったけど、なんにせよ、いきなり人が首を斬られたり、その首がすぐに生えてきたりすることはなかったのだ。
おそるおそる顔を上げると、立ち上がった鹿乃と、そばに立つゴトーさんが、なんでもないように会話をしている。
「もう終わった? ……ゴトーさんの刀はすごいわ。いつ斬られたのかもわからないし、痛みもない。衆合地獄で一番腕利きじゃないかしら」
「……お褒め頂き、恐縮だ」
転がっていった鹿乃の首がどうなったのか、気にならないわけはなかったが、確かめる勇気はなかった。
あまりそちらの方を見ないようにしていると、ゴトーさんが俺に向かって、説明する。
これは、この人たちの日常なのだ、と悟るしかないくらい、これ以上なく淡々と、まるでマニュアルを読み上げるかのように。
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