ベルフェゴールの探求

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 僕は慰めるつもりで「にゃおん」と甘えた声を出して、彼女の背中にすり寄った。力なく笑った彼女は「ありがと。竜二くんよりずっと優しいのね」と言いながら僕を膝に抱き上げた。  正直なところ、僕とリュウジくんを比べたって仕方がないと思う。だって僕とリュウジくんは、まったく別々の存在なんだもの。第一、僕は人間じゃないしね。  でも彼女の傷心というか、落胆ぶりが見ていて気の毒だから、おとなしく抱っこされたままでいる。女の人は、あったかくてふかふかしたものに触っていると癒されるらしい。だとしたら今の僕の体は最適だね。  お腹が膨れて眠くなってきたので、僕はサトコさんの腕に抱かれながらでっかいあくびをした。  それから数日経ったある朝。どんより曇った空から、ぽつぽつと水滴が降って来て、窓ガラスに細い筋を作っている。サトコさんの表情もどんより暗い。  彼女は朝の支度もそこそこに、ダイニングチェアに呆然と座り込んで、テーブルの上に置いた手紙のようなものを眺めている。どれ、ちょっと失礼。お行儀悪くテーブルの上に飛び乗って、それを見る。白い紙に緑色のインクで印刷されたそれは――離婚届。リュウジくんの署名捺印は済んでいる。それが郵便で送られてきたんだね。どうりで元気がないわけだ。 「一方的すぎるよ、竜二くん」  涙声で呟いた彼女は、バタバタと家の中を動き回って支度を済ませると、僕をスルーして出かけてしまった。平日の朝だから、会社に行ったんだね。でも、僕の朝ごはんを用意してくれたら嬉しかったんだけど。まぁいいか。  その夜、ちょっと遅めに帰って来たサトコさんからは、お酒の匂いがした。「ごめんね、ごはんまだだったよね」と僕の頭を撫でた彼女は、いつもより多めのキャットフードを、お皿に注いでくれた。カリカリと歯ごたえのいいそれを食べながら、上目遣いに彼女を見る。今朝出掛けたときより、顔色がいいみたい。何かいいことあったのかな?  その理由は、例のトミオカさんという人にあるようだ。  白いスマートフォンを両手で持った彼女は、口元に笑みを浮かべながらソファーに腰かけている。ちょっと画面を拝見してみよう。 理子「今日は、相談に乗っていただいてありがとうございました」   ペコリ、とお辞儀する可愛いスタンプ 富岡「大したアドバイスはできなかったけど、気晴らしになったなら良かったよ」 理子「それじゃあ明日また会社で。おやすみなさい」 富岡「体を大事にね。おやすみ」   おやすみなさい、の夜っぽいスタンプ  うん、なかなか親し気な会話。でも、このくらいじゃ浮気とは言えないよね。一緒にお酒を飲んで別れただけだとしたら、ね。
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