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「あともう少しだね」
「ええ。あと一歩よ」
すべてが闇に閉ざされた世界で。
輝くものは太陽の光を受けた星々だけだ。
朝も夜もない。
毎日が昼の時もあれば、一日が夜の日もある。地球の周りを衛星の如く漂ってはいるが、その軌道は地球の自転と同期していない。
第一宇宙速度を用いていない「ノア」は、太陽エネルギーとの兼ね合いと相まって他の飛行物とぶつからないよう、その軌道は至極単純な理論で管理されている。
さながらそれはあみだくじのように、他の船と同じ場所を辿ることはない。
この船の地球化まで、あと──
「地球は今日も雨かな」
「厚い雲に覆われてる。地球は今日も雨よ。
あしたも。あさっても」
男と女が「ノア」から世界を見下ろす。寄り添うように肩を並べ、穏やかに切なげに、かの愛しい生まれ故郷を見つめていた。
いつかまた、彼らがあの青い海を眼下に望む日が来るのだろうか。
いつか未来、彼らの血族があの海に足を浸す日は来るのだろうか。
そしてもしその時、生き残った人類と相対したならば、異邦人は人類の方ではないのだろうか。
嗚呼、願わくばそれが水しかない惑星の、最初の「火種」にならん事を──
深淵の闇の中でぽっかりと浮かぶ孤独な美しさ。
灰色のその向こう側では水色の雨がその生を唄っている。
星が望んだ世界に生まれ変わる為、やまない雨に今日も歌っているのだ。
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