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「いったい、いつまでカーテン引いてるのよっ!」
とびきり不機嫌な声と、ジャーッとカーテンの開かれる音。
急に顔を直撃したらしい朝日の、目を閉じていてもわかる眩しさに、俺は静かな眠りから否応なく叩き起こされた。
朝っぱらから嫌な予感をひしひしと感じながら、ゆっくりとまぶたを開いてみると、予想どおり、勝気な従兄妹殿が腰に手を当てて、ベッドの脇に仁王立ちで立っている。
「いくら入院中だからって、ちょっとだらけ過ぎなんじゃないの?」
俺が足元に蹴りこんだ毛布を畳み直し、枕元に積み上げていたはずがいつの間にか床に散乱していた雑誌や本を、棚に並べ直しながら、
「とっくに朝食の時間なのに、看護師さんたちも困ってるでしょっ!」
まるで母親が我が子を叱るように説教を始める同い年の従兄妹を、これ以上怒らせてはならないと、俺は慌てて起き上がる。
「ゴメン」
勢いよく下げた頭の上から、
(しょうがないな)
とでも言いたげな大きなため息が降ってきた。
紺色の制服のスカート部分だけ、俺の視界の隅に入る彼女は、腰まである長い黒髪をさらっと揺らして、くるりと体の向きを変える。
「私、お花の水を変えてくるから、その間にせめて顔ぐらいは洗っておきなさいよ」
最後のほうはほとんど捨て台詞のように言い残しながら、さっさと花瓶を持って部屋を出て行ってしまう。
返事をする暇さえ与えないせっかちな背中を、ため息混じりに見送っていると、廊下のほうからクククッと笑い声が聞こえてきて、朝食を運んできた看護師さんがずっと部屋の前の廊下で待っていてくれたことを、俺は初めて知った。
「すいませーん。今、起きましたー」
申し訳なく思いながら声をかけると、トレーを持った若い看護師さんは、片手で拝むような格好をしながら部屋へ入ってくる。
「ゴメンねえ。別に、そっとテーブルに置いていっても良かったんだけど、ひとみちゃんが『今起こします』って言うもんだから……」
俺は少々バツが悪い思いで、頭を下げる。
「すいません」
そんな俺に向かって看護師さんは、
「まるで奥さんみたいだよね、ふふっ」
何がそんなに嬉しいのか、夜勤明けで赤く充血している目をキラキラと輝かせながら、これまでにもいろんな人から、耳にタコができるほど聞かされてきたセリフを、今日もくり返す。
(……またか)
内心ため息をつきながら、
「そんなんじゃないですよ。ほんとにただの従兄妹なんだから……」
いちいち言い訳するのも、そろそろ疲れた。
「お節介なんですよ、昔から。俺の世話を焼くのが趣味みたいなもんなんです。ここはちょうど、学校に行く途中にあるし……」
俺の言葉なんて半分は耳に入っていないかのように、ニヤニヤ笑いながら、看護師さんはてきぱきと朝食のセッティングをしてくれる。
「はいはい。照れくさいからってそんなふうに言ってると、また怒られちゃうわよ」
からかい含みのその忠告に、入り口の方から
「……別に。本当にただそれだけですから」
と、かなり怒りのこもった声が響いた。
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