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だけど、やっと登校できた高校というところは、俺が病室で思っていた以上に、俺の現実とはかけ離れた場所だった。
受験勉強や部活。
アルバイトや恋愛。
同級生のおもな感心事はどれも俺とは決定的に無関係で、どう考えてもこれからも縁が有るとは思えない。
すんなりと話題に入っていけない上に、二ヶ月遅れのハンデもある。
普通に友達なんて、とてもできそうにはなかった。
(半分ぐらいは学校に行ってた小学生の頃は、これでも友達、多いほうだったんだけどな……)
考えると胸が痛くなるから、体調上もあまり良くない。
俺はなるべく考えないようにする。
いいことを見るなら、遠巻きに皆の話を聞いているのは面白かったし、たくさんの人間と同じ空間にいれるというのは、ただそれだけで嬉しかった。
クラスのみんなも、ひとみちゃんがよく言っていたように、
「みんな自分のことばっかりで、全然つまらない」
とは感じなかった。
病気で長く休んでいたクラスメートには、みんなそれなりに親切で、気遣ってくれるからだろうか。
ぼうっと席に座っている時に、なんの脈絡もなく、
「がんばれよ」
とか
「無理するなよ」
とか時々声をかけられるのは、嬉しかった。
中学の時と同様、同じクラスで席まで隣のひとみちゃんは、
「やっと彼氏が登校してきて良かったなあ」
と冗談半分の声がかけられて、
「そんなんじゃないわよ!」
と常に怒り狂っている。
「これじゃ、小学生の頃から何も変わらないじゃないのよ!」
と怒鳴られたけれども、そんなやり取りすら今の俺には楽しかった。
目尻をほんのりと赤く染めて、少し頬っぺたを膨らましながら怒るひとみちゃんは、確かに小学生の頃から変わらない。
口で言うよりはずっと親切に、常に俺を気遣ってくれる。
でも高校生になってまでこんな調子でいいんだろうかと思う気持ちも、俺の中になくもなかった。
俺が退院して学校に通いだしてから、ひとみちゃんは毎日、一緒にタクシーで通学するようになった。
爽やかな初夏の風の中を自由に闊歩し、颯爽と前を向いていた横顔はあんなに彼女らしかったのに、
「別にいいわよ。このほうが楽だし。お金は叔父さん持ちだし」
俺が気にしないようにだろう、わざとぶっきらぼうにそんなことを言う。
(本当は俺のためだよな……いつ具合が悪くなったってすかさずフォローできるように、いつも側にいてくれるんだよな……)
それにはとうの昔に気づいていたし、そんな彼女には深く感謝していた。
けれど意地っぱりなひとみちゃんが、素直に俺の謝辞を受け取るはずもない。
だから、なんにも気づかないフリをして笑ってみせる。
「ひとみちゃんは、『楽』が好きだよね」
「どういう意味よ?」
すぐにカチンと来て、瞳に炎が灯るところがまた彼女らしい。
(このひとみちゃんらしいところを可愛いと思ってくれる奴と、本当は恋愛一色の高校生活でもおかしくないんだよな……)
また申し訳ない気持ちになった。
俺の存在はひとみちゃんにとって迷惑なんじゃないかと考えたことなら、今までに数えきれないくらいある。
ひとみちゃんは言い方はキツイけれど、それを補って余りあるほどの美人だし、なかなか素直には表に出さないけど本当は優しいし、今までだって相当の数の男が好意を示したのに、いつだってそんなことにはお構いなしだ。
「だって好きとか嫌いとかそんなの、面倒くさいじゃない!」
およそ若者らしからぬセリフで崇拝者を一刀両断にするのは、俺がお荷物になっているからじゃないかと疑うのは考え過ぎだろうか。
(これだけどこに行っても俺との仲を誤解されるんじゃ、いくらひとみちゃんだって、そのうち言い寄ってくる相手がいなくなっちゃうんじゃないか?)
俺は密かに責任を感じてもいた。
とうの本人にそんなことを言おうものなら、
「余計なお世話よ!」
とそれこそ大目玉を食らいそうだが、俺はこれでも本気で心配していた。
(俺のために自分の生活を犠牲にしてほしくないんだ。だって遅かれ早かれ俺はいつかはいなくなるんだからさ……)
もしその時が来ても、必要以上にひとみちゃんが大きなダメージを受けないように、できるなら俺は彼女とはもっと距離を置きたかった。
仲の良かった従兄妹が死んでしまっても、親身になって慰めてくれる恋人や友人たち。
そんな存在を彼女にはできるだけ多く持ってほしかった。
うぬぼれや責任逃れなんかじゃなく、本当に俺を大切にしてくれている人だからこそ、俺がいなくなった後も幸せでいて欲しかった。
(ずいぶんと自分勝手な願いだよな……)
俺の思惑になど気づきもせず、机から身を乗り出して、今までの授業の流れを懸命に説明してくれるひとみちゃんの長くて艶やかな黒髪を、俺は頬杖をついたままただ静かに見下ろしていた。
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