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─trois─
だから姉は高校に行っていない、十五歳で水商売の世界に飛び込んで十六年、一家の大黒柱としてきらびやかな中でも堅実に生きている。そんな姉に私たちきょうだいは守られて育ってきた、だからなるべく早くお嫁に行って楽させてあげたいところだけど、肝心な私は振られっ放しの人生でそうは問屋が卸してくれない。結局何が言いたいのか? 単純に私は姉には勝てないのだ、永遠に。とはいっても振られっ放しなのは自業自得なんだけど。
「お姉ちゃん」
「ん~?」
「万年筆で一時間語れる人ってどう思う?」
姉は綺麗な笑顔でフフッと笑うとそぉねぇと少し考えていた。敢えて姉の弱点を上げるとしたら何をしてもスタートダッシュが遅いことだ。何かを始めるのにとにかく悩む、質問してから返事をするまでの時間が少々長い、そして必ず一歩出遅れる……それで結構損してるところもあるけどそれは一切気にしていないみたいだ。
「とても一途な方なんじゃないかしら?」
やっぱりそう思うんだ……うん、確かにちょっとかじってすぐに飽きちゃうような人だと浮気性を疑っちゃうもんね。『多趣味』という都合のいい言葉もあるけれど、結婚相手となると私は『ごめんなさい』だな。
「ただねぇ、初対面でそれされるとちょっとウザイかも」
うん、それは昼間思いっきり体験してきたよ、お姉ちゃん。う~ん、今回のお見合いどうしよう……悪い方ではなかったのよ、もう一回会ってみようかなぁ? 霜田さんがお付き合いしてくださるのであればの話だけど。
「良い方だったんでしょ? 一度くらいデート、してみたら?」
「気が早いよお姉ちゃん、まだお返事頂いてないのよ」
「そうかしら? ふゆと有砂ちゃんによると『お相手さん結構なつのこと気に入ってた』って聞いてるわよ」
ったく二人ともお喋りなんだから!でもあの二人何で私のお見合いなんか覗こうと思ったのかな?
「どうもふゆはこの生活を壊したくないみたいなのよ」
「えっ? 何で?」
「これ以上家族が減るのが嫌なんじゃない? だってあの子ああ見えてかなりの甘えん坊だから」
そうかなぁ? 冬樹は誰よりも賢くて今は一流国立大学の一年生、秋都なんかよりよっぽど冷静だと思ってたけど……姉の前ではまた違う顔でも見せてるのかしら? 私に言わせればかなり取り扱いにくい“面倒物件”だと思うけど。
「私には生意気だよ」
「そうかしら? なつに一番懐いてると思うけど」
姉は私には無い、くっきり二重の大きな瞳を細めて綺麗な笑顔を見せていた。
それから何日か過ぎ、時雨さんからお見合いの件で連絡があった。聞くと予想以上に気に入って頂けたご様子で、次の休日にでも会いたいと言ってきたらしい。
「次の日曜日は出勤なんです」
「そう、だったら霜田さんの連絡先渡しておくわ」
「ってことは自分で言えと仰る?」
「当たり前でしょうが」
ですよねぇ。
「私あの声で万年筆に襲われる夢見ちゃったわよ」
何? そのシュールな夢。要はあの万年筆談義が時雨さんに新たなるトラウマを作ったってこと? うわ~恐るべし“しもだかげき”もとい“けいじゅ”、ってそもそも時雨さんにトラウマってあるんだろうか?
「まぁ悪い方ではないけどしばらくは遠慮したいわね」
あの~私これからそのような方とお付合い始めましょうか的な感じなんですけどぉ……と言いたくなるけどここはぐっと我慢の子。
「まぁ夏絵ちゃんなら何とかなるんじゃない? 適当に抜けてるとこあるし、都合の悪いことは右から左だからねっ」
時雨さん、何気にボロクソ言ってません? まぁ確かに万年筆談義も“浪漫カフェ”談義も半分以上は聞き流してましたよ。でも私頑張りました、だって寝なかったもん!
「まぁ寝なかっただけホッとしたけどね。正直隣でハラハラしてたんだから」
「さすがにお見合いの席で寝ませんよ」
「何言ってんの? 葬式や披露宴の席で寝るような子が」
だってお経とか誰それさんのスピーチなんて催眠術にしか聞こえないんだもの、だったらもっと聞いてて楽しいものにしてほしいくらいだ。
「まぁきばんなさいな。それよりそろそろ春香ちゃんのお中元、届きそうよね?」
「えぇ、ココアがあれば持って帰ってください」
「毎年悪いわね、じゃあ今年も遠慮無く」
こりゃ根こそぎ持って帰る気だな、先手打っときますか。
「……なんですけど、今年は一つ家に置いてってください」
「どうしたの?」
「たま~に欲しくなるんです。それと初詣で姉が壊れました」
「春香ちゃんが? まさか……」
時雨さんはそれで意味が分かったらしく顔色が変わった。これまでにココア争奪戦が二人の間で繰り広げられているのは知っていた。姉はたまにお菓子作りにココアを使うのだかいつも余らせてしまう、そうなると時雨さんが現れて残りを全て奪われると言う構図が出来上がっていた。
『春香ちゃんはたまにしか使わないんだからもっと容量の少ないのを買った方が経済的よ』
うん、言い分は分かりますよ時雨さん、でもね。
「ついに絵馬買って願い事扱いしてました」
「あの子そこまで病んでたか」
はい、ああ見えて結構執念深いんです。
「分かった、一つ置いておくわ」
時雨さんの笑顔は若干引き攣ってました、さすがの無敵艦隊(?)も負けることがあるようです。
それから私は霜田さんと連絡を取り合うようになり、次回のデート(?)は翌々週の土曜日と決まった。となると何着ていこうかな? デートも何年していない? 私は久し振りのことに若干浮かれ回っていた。
「はあぁ~」
取り敢えずタンスを開けて数少ない服を見て溜息を吐いていると弟の秋都が部屋の中を覗いてきた。いつ見てもルックスは俳優並みだな、馬鹿だけど。
「相っ変わらず殺風景な部屋だな、一応女だろうが」
「うっさい、あんたの部屋みたいに雑多じゃないだけよ」
昔なら『あんたの部屋みたいに散らかってない』って言い返せたんだけど、最近は物こそ多いけど片付けられるようになってるんだよねぇ。ここへきて恋人を一人に絞ってきたらしく、高収入の女にたかるだけだったのが家事を覚えるようになったのだ。まぁこれまで一度も家に連れてきたことが無いからどんな人かは知らないけど。
「今日は彼女ん家じゃないの?」
「出張中、明後日の晩戻ってくる」
「あっそう」
私は秋都からタンスに視線を戻す。はあぁ~、やっぱりため息しか出てこないわ。
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