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─six─
あら、一応気遣ってはくださるのね? まぁ“なっちゃん”ごときで嫌なこと思い出して機嫌を損ねるのも大人気ないですわねおほほ。っていうか最初っからずっと失礼ですよアナタの場合、もう今更だけど。
「いえ別に。ところでどこに向かってるんです?」
「古本屋街です」
一応“初デート”ですよね私とは。いえね、本は割と好きですよ、でもでもだからって顔と名前以外まともに分からない相手との“デート”に適してる場所とは思えないのよ私には。ねぇねぇ誰か教えてよ、七年振りにデートしてる経験値最低ランクのワタクシに。
「夏絵さん、本はお嫌いでしたか?」
「いえ、嫌いではありませんよ。でもどうして?」
分からなければ聞けばいい、これ鉄則ね。
「本屋に一緒に行けばあなたの趣味が分かるのではと思ったんです。夏絵さんは多くを語られない方ですから、前回お会いした時間ではどういったものがお好きなのか把握しきれなかったんです」
そりゃまぁそうでしょうね。言い訳させてもらうとアナタ万年筆と“浪漫カフェ”の話題で二時間語り通しだったじゃないですか、着物姿で来てた私の気力体力はもう限界でした。
「そういうことでしたら早速行きましょうか、学生時代はよく通っていましたから」
「はいっ!」
霜田さんはふにゃっと表情が緩んで笑顔を見せた。う~んやっぱり悪い人ではないんだけど今更その顔にはときめかないわ。でもまぁお気持ちはありがたく頂いておきましょう、私は久し振りの古本屋街を楽しむことにした。
「ここに入ってみませんか? 僕のお気に入りの店なんです」
霜田さんはとある一軒の古本屋さんで足を止める。このお店は新刊も取り扱っていて、私もかつて利用したことがあった。
「このお店は私も知っています、新刊も古本も両方揃っていますからここ一軒で事足りるんです」
「そうなんですよっ! やはりあなたならご理解頂けると思っていたんですっ! 五階がカフェになっていて、購入しなくても試し読みができるってご存知でしたか?」
えぇえぇ、冬樹の出没エリアですから勿論存じておりますよ。ただカフェは一昨年できたばかりだから利用したことは無いけれど。
私たちは取り敢えずその古本屋に足を踏み入れる。四階スペースでLPレコードを取り扱っていて、宣伝の為なんだろうけど古いながらもお洒落でセンスの良い曲がBGMで流れて時間を忘れさせてくれる空間だ。そういえば冬樹の奴ここのランチは案外美味いとか言ってたな……移動が面倒臭くなった時の候補地にしておこう。
「あれ? 五条先輩?」
不意に声を掛けられた私は反射的に振り返ると、やたらと背の高いイケメン眼鏡君がにこやかな表情で立っていた。この男の子どこかでと思って記憶を辿るもなかなかヒットしてくれない。秋都の同級生? いや違う、アイツの同級生にこんな賢そうな奴いない。多分大学時代の後輩? とかだと思うんだけどなぁ……誰だっけ?
「憶えていらっしゃいませんか?」
えぇっとぉ、見たことというか面識はあるのよ、ただどこの誰だか分からない。ってことはサークル絡みかなぁ? 違う大学の子だと思う、多分……あっ!
「ひょっとしてA大学の満田君?」
えっ? この子こんなに身長高かったっけ? 私は百九十センチに届きそうな男の子を見上げた。
「良かったぁ、憶えてくださってて。僕三年後輩ですし大学も違いますからお忘れになってても仕方ないのかなぁ、なんて思ってお声掛けを躊躇っていたんです」
うん、可愛いこと言ってくれるじゃない。にしたってこの地味地味平凡顔をよく憶えててくださったわね、あなたの記憶力に感心してるわ今。
「何かごめんなさい、思い出すのに時間が掛かってしまって。眼鏡なんてかけてた?」
私はそれとなく霜田さんの行方をと思ったけどいないっぽいしいいや、もうすっかり姉にシフトしちゃってるから本気でどうでもよくなってきた。
「いえ、当時は何だか抵抗があって無理して裸眼でいたんです。それでも視力低下には逆らえなくて今はこうなってます」
「へぇ、身長も伸びて見違えちゃってるじゃない。眼鏡もよく似合ってるし、モテるでしょ?」
私はガラにもなく後輩的な男の子を軽く褒めてみると、何故か彼はそんなことありません! とワタワタしてる。いやモテるって君……でもこれ以上追撃するのはやめておこう、若い子イジメは可哀相だ。
「でも久し振りだね、大学卒業以来だから六年振り?」
「えぇ、直接こうしてお会いするのは。実は僕あなたを何度もお見掛けしてるんです」
えっ? それってキモワフラグじゃないよね? うん、自意識過剰と笑ってください。
「実家が海東文具の近所なんです。だから利用する駅が同じで時々ホームとか道とかで……」
あぁなるほど、勤務先付近って何気に旧名家がずらりと並ぶセレブエリアですもの……ってそんなとこに住んでたの君? 家柄的には優良物件? まぁ私レベルの女なんて箸にも棒にも掛からないでしょうけどねぇ……満田君、私は君のことが急にキラキラして見えてきたよ。
「やっぱり僕たちって運命の糸で結ばれていると思うんですよね」
うん、そうかもね~。“赤い”を入れてこなかったあたりその言葉に信憑性が増してきたね~なんてイケメン眼鏡君に見惚れていたらバッグの中のケータイがブーン、と音を立てている。この震え方は着信だ、チッ、誰だよ?
「ごめんなさい、着信だから一旦外に出るね」
「えぇどうぞ」
満田君は親切に入口までエスコートしてくれて、おまけにドアまで開けてくれた。私はありがとうと一礼して店の脇でバッグを漁ってケータイを見る……冬樹だ。
「何? 今電話してくるか?」
『別にいいじゃ〜ん、どうせ今日までの寿命でしょ〜?』
じゅ、寿命って人が明日死ぬみたいに言わないでよ! ではなくて霜田さんとのことよね?えぇえぇ分かってますよ、またしてもこの展開ですよ。ってか満田君の方に気が行ってて危うく存在を消し去ってしまいそうではあったけれどもね。
「やっぱりそう思う?」
『そりゃまぁね〜。はる姉ちゃんと話してる時あの人の目ギラギラしてたから、見るに耐えないくらいに分かり易くて笑っちゃうよ〜。それより男ですよってちゃんと教えてあげた〜?』
「うん、でも右から左だと思う」
『んじゃもう会話の端々で男アピールしときなよ〜、後で言った言わないで揉めるかも知れないよ〜』
「うん、そうする。で、用ってそのこと?」
一応“デート”中の姉に着信を寄越してくる弟に呆れつつ訊ねてみると、違うよ〜とのお返事。何かしら?内容によってはお姉ちゃんぶっ飛ばすわよ。
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