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─sept─
『あのさ〜、今大学近くの古本屋街にいるんだよね〜?』
「何で知ってんのよそんなこと!」
私は思わず辺りをきょろきょろしてしまう。いや、あやつの性格考えると授業の無い日に外出してるとは考え難い。
『うん、ケータイのGPS機能で居場所なんてすぐに分かるよ〜』
「何犯罪ちっくなことやってんの! 今すぐやめろ、そして二度とするな!」
『まぁなつ姉ちゃんの場合普段の動きはマジつまんないからね〜。それより今から言う本買ってきてよ〜、僕には高くて手が出せないから〜』
「そんな時だけ集るな、アンタの場合無駄に高いの要求されるから聞くの怖いわ」
『まぁまぁそう言わずにさ〜。じゃ言うよ〜、“歴史旅行家アベノセイメイは見た! 偉人の裏側あんなコトこんなコト日本史編”ってタイトルの文庫本なんだけど〜、今すんごいプレミア付いてて安くても三万円くらいするんだよね〜』
はぁっ? 中古の文庫本に三万円とか絶対どうかしてるわ! イヤイヤ、その前に超清廉そうな歴史的人物の名前を借りてなんちゅうゴシップ丸出しなタイトル付けとんのじゃ、この本百パーゲスいわ! そしてそんな本を二十代乙女(?)の私に買わせようとしてる弟の品性を疑うわ。
「嫌よそんなゲスそうな本買うの」
『大丈夫だよ十八禁じゃないからさ〜、ひょっとしてエロ本だとでも思ってたの〜? エロビ見ても勃たない僕がそんなの好んで読む訳ないじゃ〜ん』
「今そんなカミングアウト要らないよ」
あぁ、冬樹って秋都とは違う種類のバカだったのね……いえね、結構な非常識男だとは分かってましたよ、モテてる割に色恋事に大した興味も示さず彼女いない歴イコール年齢なのも知ってますよ。でももうちょっとだけ恥じらいを持とうか、アンタの場合それをお外でも言ってそうだからお姉ちゃんそれが一番恐ろしい訳。
『んじゃ、頼んだよ~』
冬樹は言いたいことだけ言って一方的に通話を切りやがった。帰ってから殴っていいよね?
「……しょうがない」
私はケータイをバッグに仕舞い、明らかにおかしな緊張感を持って再び店内に入る。入口付近で満田君が待ち構えていたが、正直今は一人にしててほしい。
「あの、僕ご案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫。お仕事に集中なさって」
彼の親切をいともあっさりと断って二階に上がる。確か文庫本は新旧問わずこの階のはず……うん、変わってない。取り敢えず何だっけ? “アベノセイメイ”がどうとかいう結局何だかよく分からん文庫本を探すとしますか。無きゃ『無かった』でいいんだし、高すぎれば『持ち合わせが無かった』でも別にいいんだから。文庫本、しかも中古に何千円何万円も出したくない。
まずは古本の棚を物色……ん? ものの十秒もしないうちに見付かったよ。こんな簡単に見付かるものなの? プレミアが聞いて呆れるわ、なんて手に取って値段をチェック……嘘っ、三万二千円? こんなのに? ガチ話だったことに若干引く。私はこそっと元の場所に戻し、素知らぬ顔をしていかにも安売りっぽいワゴンの所へを移動した。中にはかつてめちゃくちゃ愛読していた小説や、一度買ったけどブ○○○フに売りに出した懐かしの小説がちらほら見受けられた。
ふふふっ、久しぶりに読んでみようかな? 百円均一にほど近い値段設定みたいだし、車で来てるから二~三冊ほど買おうかな? なんて思いはすぐに打ち砕かれ、再び“アベノセイメイ”がのほほんと姿を見せた(正確には私の視界に入っただけなんだけどね)。
うぐっ、どうしよう、見なかったことにしようか。と思いつつも怖い物見たさにそれを手に取ってしまう。一応透明な袋に入れてあるけどボロっちいなぁ……これはさすがに駄目だよね、なんて思ってたらまたしてもケータイが震え出す。今度はメール、一旦そいつを元に戻してバッグに手を入れてケータイを掴む。やっぱり冬樹だ。
【破れててもページ抜けててもいいからねぇ、それでも三千円くらいはすると思うよ】
いいの? 破れててセロテープベタベタ貼ってるようなのでもいいの?
【あったけど、袋に入ってて中身確認できない】
取り敢えずメールを返して再びそいつを手に取り値段チェック……おおっ、千二百円! これって買いじゃない? って普通の文庫本だったら詐欺レベルだ、もう表紙の時点でセロテ貼ってあるし。こんなの古本屋でも捨てるレベルだろ? それを千二百円で売ろうってか? んでもってそれを買おうとしてる(いや、正確には買わされようとしてる)私はかなり頭がおかしいと思う。
【多分相当ボロっちいだろうね、因みにいくら?】
冬樹、こんなボロ本に千二百円だよ……私は正直に値段を教えるとものの一分しないうちに【買う!】とレスが。イヤイヤ、買うの私だからね、千二百円徴収するからね。
【分かった、お金は徴収するからね】
【了解、月末ね】
しょうがない、冬樹のおかしな熱意に根負けした私は“歴史旅行家アベノセイメイは見た! 偉人の裏側あんなコトこんなコト日本史編”を手に取って店員さんに声を掛けた。
「すみません、このまま四階に上がってもいいですか?」
「構いませんよ、LPレコードのお会計も一階か二階であればまとめてのお支払いで大丈夫です」
「どうも」
私は例の物も含めた四冊の文庫本を持って四階に上がる。姉にも土産を買っていこう……私はさも慣れてます的な手つきでLPレコードを物色している。
姉の好みは大体理解しているし、冬樹みたくおかしな趣味してないから寧ろ私の趣味が格好良くすら映る(ような気がするだけ)。彼女は洋邦問わず半世紀ほど昔のミュージシャンがお好みのことだ。あとはクラシック音楽も時々聞いてるみたいで、この前は体育祭で流れてそうな曲を聞いていた。“近代クラシック”ってジャンルがあるらしいんだけど、名前までは忘れちゃった。
あっ、そうだ! 最近超有名ロックバンドのLPレコードの劣化がどうとか言ってたなぁ、えぇっと確かビ○○○ズと同年代に活動してたとか……ってことはこの辺かな? 私はそのバンドのLPレコードを物色していると……ありました。今日は捜し物がすぐに見つかる(“アベノセイメイ”は正直どっちでも良かった)、ついでだから秋都にも何か……と思ったけどあいつは本を読まない。ついでに言うと漫画もいわゆる下ネタ系(巨乳爆乳系のお姉ちゃんがニャンニャンしてるやつ)のものしか読まない。せめて少年向けの物でも読んでてくれたら買っていこうと思えるけど……ちょっとフザケてドリルでも買ってやるか、これ以上馬鹿にならないように。確か学習向けの本は三階だったな。
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