ガチで婚活三十路前 〜ハイテンションな見合い相手編〜

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─huit─  買うものを決めた私は三階に降りて小学生向けの国語ドリルを一冊チョイス、秋都は書く文字も汚ければ読み書きも怪しいから、書き取りの練習もあるこれくらいがちょうどいいかも。 「さて、支払いしてきますか」  誰もいないのをいいことにぼそっと独り言が出てしまったけれど、それくらいに今日は充実したお買い物ができたような気がする。“アベノセイメイ”が無ければの話だけど……これレジに持ってくの恥ずかしいなぁ。  私は二階まで降りてレジに並ぶと、さっき声を掛けた男性店員さんがいらっしゃいませと言ってきた。多少の抵抗を感じつつも商品を置くと、彼は“アベノセイメイ”を見てちょっとびっくりしたような表情を見せた。そりゃそうよね、三十路手前のOLが買う本じゃないものね。 「お客様、こちらの商品は?」 「そこのワゴンセールで見つけました」 「えぇっ? あっあのっ、中をチェックさせて頂いても宜しいですかっ?」  え? 何? 店員さん随分と慌ててるなぁ。 「構いませんよ」 「でっでは、失礼しますっ」  ん? どうしたの? 店員さんまで霜田口調になってますよなんて思ってたら彼は丁寧に袋を開けてページをペラペラとし始めた。しっかし随分とボロっちい本で、殆どのページにセロテがベタベタ貼ってあって、所々ズレちゃって読むの大変そうだわ……冬樹が。 「こっ、これはマ……失礼致しましたっ。奇跡的に(・・・・)乱丁は見受けられませんでしたが、殆どのページに破損後の修復がされますね。しかし誰が……いえ、こっちの話です」  店員さんは一通り本のチェックを終えると丁寧に袋に戻した。 「おっお待たせ致しました。お会計させて頂きます」  ん? 結果どうだったのかな? 普通ならここまでくたびれてての千二百円はぼり過ぎなんだぞお兄さん、そこんとこ分かってます? 「あの、この本何かありましたか?」  私はそれとなく控え目に訊ねてみる。すると店員さんはえぇまぁと私の方を見た。 「いえ、普通ではあり得ない程の状態だとお思いでしょうが……こちらの商品に限って申せることは、乱丁が無いだけでも“奇跡”と言えるんです」 「奇跡、ですか?」 「はい、それどころか“傷モノ”であることが一種のステイタスとなっている変わり種でもあるんです。変な話このような値段を付けることはまずありません、これはお客様の運が良かったとしか言いようがありません」  そ、そぉなのぉ? 冬樹の奴なんちゅう本買わせてんだまったく。 「運が良かった、ですか」 「はい、この値段設定は完全にこちらのミスによるものです。こんなことお客様には一切関係の無い話なのですが、この件はご内密にして頂けないでしょうか?」 「分かりました、内緒にしておきます」 「あっありがとうございますっ!」  う~ん、何か変なこと共有をしてしまったような気もするけど、明らかにもっと高い値段設定のはず(このボロさでかよ?)の商品が捨て値同然で売られていくのがいたたまれなかった、ってことでいいのよね? これは冬樹にも話しておこう、この本ごときでこの店の存亡 (大袈裟)に関わる事態になったらそれも困る。  私たちはこれ以上そのことに触れず滞りなく会計を済ませるとまたしてもケータイがバッグの中で震えてる。それにしても今日はケータイが大忙しだな、と思ってチェックするとメールが一件。 【五階のカフェでお待ちしてます】  そっか。今日はデート(・・・)、でしたよね? 「すみません、お待たせしてしまって」  お会計を済ませた私は慌てて (という体で)五階に上がってカフェに入ると、霜田さんも買い物をしていて男性ファッション雑誌がチラッと見えている。その雑誌近所の居酒屋店主で幼馴染のゴローちゃんがよく買ってる雑誌だ……って彼の話は置いておこう。 「いえ。随分とお買い物されたんですね」 「えぇ、昔好きだった文庫本を見つけて懐かしくなってしまいまして」  私は霜田さんの向かいの席に座る。 「そうですか。それはLPレコードですね、お聴きになられるんですか?」  やっぱり気付くよね、この大きさは今で言うアルバム盤だから結構大きい。 「いえ、私ではなく()が」 「お兄様()いらっしゃるんですか?」  ()? やっぱり勘違いというか聞いてらっしゃらないわこの人。 「いえ、上のきょうだいは()だけです。あとは弟二人ですから」  これでさすがに気付くでしょ? と思ったけど……。 「そうなんですね、春香さんはご従姉(・・・)なんですね」  え~、ここまで言ってるのにまだ理解してくれないの? 「いえ、春香は()です」  これで分かんなかったら私もうお手上げです。 「……」 「まぁ、パッと見で気付く方は殆どいらっしゃいませんが」  我ながら要らんフォローしたかも。でもまぁいいや、後々揉めるより今のうちに現実見てもらいましょう。 「春香さんって」 「えぇ、()です」 「つまり、そのぉ……」  えぇ、体は未工事で男のシン……コホン、もしっかり付いてますよ。精神的には完全に女性ですけどね。 「はい、体の構造は霜田さんと全く同じですよ」 「……」  あちゃ、霜田さんフリーズしちゃいましたね.なんて思ってたら満田君がオーダーを取りにやって来た。 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」  あっ、注文……っと。日替わりランチがあるのね。 「あの、今日の日替わりランチって何ですか?」 「本日は豆腐ハンバーグです」 「私はそれで。霜田さんはお決めになりました? 霜田さん? 霜田さーん」  私は霜田さんの前で手を振ってみるが、視線は明後日の方向を向いていてこっちに意識が戻ってこない。これじゃランチどころじゃない、満田君には一旦下がってもらい、取り敢えずのご帰還を待つことにした。 「春香さんが()。春香さんが……」  あの、本当に大丈夫ですか?  それから霜田さんはしばらく意識が戻りませんでした。っと言ったら大事っぽく聞こえますが、姉が()であることがよほどショックだったのでしょう。今のところ私たちは言葉を交わしておりません。 「夏絵さん……」 「はい」  あっ、やっと喋り出した。 「春香さん……本当に男性なんでしょうか?」  えぇ、さっきそう言いましたよね? まだ疑ってらっしゃるの? 「えぇ。それより私日替わりランチを頼みましたが、霜田さんはどうなさいます?」 「ええっ? いつの間にオーダー取りに来られてたんですかっ?」 「五分ほど前ですよ、店員さん呼びますか?」
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