第1章 思い出味の紅茶と水の器

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じめっとした暑さだけを残し、夏という季節が折り返そうとしている頃。一人の少女は、机の上に置かれたプリントを見つめていた。 ――進路希望調査(最終)―― 彼女は、無表情で就職の欄に〇をつける。彼女のリュクサックの横で合格祈願とかかれたお守りが寂しげにぶらさがっていた。 唐立千優(からたちちゆ)。 彼女の両親は、数日前に事故で亡くなった。走り慣れた近くの山道で起こっただけに千優のショックも大きく、虚ろな目のままおもむろに立ち上がった。 叔父も叔母も優しく振舞ってくれる。だからこそ余計な心配はかけたくないと彼女はわざと間延びした挨拶をしてドアノブをひねる。 彼女の日課はお墓参り。そして、事故の現場に花を手向けること。そうでもしないと、両親が死んだということが分からなくなってしまうから。
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